ロシニアーを「articulate(明晰な)話し手」と評することも問題がありそうだ。

白人が黒人を褒めるつもりでこうした言葉を使いつつも、実際には、意外にも……という含みを持たせてしまう場合があり、「マイクロアグレッション(些細で無意識な偏見や差別意識)」と受け取られかねないからだ。

ロシニアーの場合は、彼の話す力に触れないのも不自然だから、この点は悩ましい。

人々が言いたかったのは、決まり文句や定型的な受け答えに終始しがちなサッカー界の基準から見て、彼は異例なほど率直に語るということだ。ちなみに、「eloquent(雄弁な)」や「erudite(博学な)」と言い換えたほうが無難で、意味は近いけれど悪い含みはない。

結局のところ、どれほど好意的に捉えられていても、結果が伴わなければ監督の地位は守られない。監督業は過酷な仕事であり、だからこそ興味深いのだ。

まるで投資対象として見ているよう
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