30〜40代女性と好きな作家の話題になると、高い確率で名前が挙がるのが米原万里だ。
面識があるわけでもないのに、自然と「万里さん」と呼ぶ。高校1年生の時に読んだ『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』が好きだった。『不実な美女か貞淑な醜女か』は何度も読み返した。翻訳書の『わたしの外国語学習法』や写真エッセイの『マイナス50℃の世界』も外せない──
さらに親友シモネッタこと、イタリア語会議通訳者の田丸公美子氏の著書へと話題が広がり、高校・大学時代にエッセイを読みあさった記憶をたどりながら会話は熱を帯び、記憶が連鎖する。
そんな「万里さんファン」を久しぶりにざわつかせたのが、松永智子・東京経済大学准教授の『米原昶の革命──不実な政治か貞淑なメディアか』(創元社、2025年)だった。米原万里の父を主題に据え、そのタイトル自体が万里へのオマージュになっていると知った瞬間、ファンのあいだに静かな波紋が広がった。
闘病中もテレビでコメンテーターを務める姿に安堵し、2006年5月25日、訃報に接して胸が締めつけられた記憶。その後もアンソロジーを含めて新刊が出続けることで、「まだ万里さんはいる」という感覚に支えられていた。
しかし、それもやがて途切れる。その空白のなかで現れたのが、没後約20年を経て刊行された松永氏の1冊だった。
本書は万里が生前、戦時中に「地下に潜っていた」と記していた父・米原昶の政治家としての実像に迫る。数々のエッセイの中で断片的に語られてきた「米原家の歴史」が具体的に立ち上がり、読者にとっては空白を埋める読書体験となる。評伝でありながらスリリングに読めるのは、そのためだ。
では、なぜ30〜40代女性はこれほどまでに米原万里に惹かれるのか。