「ミュージシャンとして、心の痛みや悲しみを表現する方法があったことは、本当にラッキーだったと思う。それが聴き手の心に響いたという手応えを感じた。自分だけの経験だと思ったことが、実は多くの人も経験していたのだ」

回想録を書き終えて、現在のザウナーは将来を楽観できるようになった。それは『ジュビリー』にも表れている。ジャパニーズ・ブレックファストの作品としては、これまでで最も聴きやすく、最高傑作とも言えるかもしれない。

「新作のテーマは人生の喜びだ」と、ザウナーは言う。「この5年間は悲嘆の中に生き、悲嘆について書いてきた。そして今、ほかのことについて歌う時が来た。だから今までで一番いいものを作ってやるという気合いを入れた。アレンジも大いに凝ったし、全力を発揮したつもりだ」

先行シングル「ビー・スウィート」は、その新しいサウンドと歌詞の方向性を代表する一曲だ。思わず踊り出したくなるポップな仕上がりは、ワイルド・ナッシングのジャック・テータムとの共作だ(ワイルド・ナッシングもグループ名のようだが、テータムのソロプロジェクトだ)。

新しい世界を探る準備

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ソウルに立つ幼いザウナーと母親 COURTESY OF MICHELLE ZAUNER

本来は別のアーティストのために書いていたが、途中で気が変わったのだという。「書いているうちに、『あれ、この曲すごくいいかも。自分用に取っておきたい』と思うようになった」と彼女は振り返る。「ジャックは大賛成だった。それで19年に2人で少し磨いたら、(共同プロデューサーの)クレイグ・ヘンドリックスが乗ってきて、ハーモニーのアレンジを手伝ってくれた。そうやっているうちに、とてもいい曲になった」

ザウナー自身が一番気に入っている曲は、ロマンチックなバラード「ココモ、IN」(インディアナ州ココモのこと)だ。外国に留学するガールフレンドに別れを告げる青年を歌った曲だ。「別れなければならない若いカップルを想像しながら書いた。離れてしまうのは、とてもつらいけれど、それによって最高の恋愛だったことを確認する」

音楽評論家たちの絶賛を浴び、コロナ禍前は大掛かりなツアーに出て、新アルバムのプロモーションでは『トゥナイト・ショー』などの有名番組に出演するなど、ザウナーのキャリアは順風満帆に見える。そんななかでの回想録出版は、人生の上でひとつの区切りになったようだ。

「私の中に永遠に生き続ける悲しみがあるのは間違いない」と彼女は言う。「でも、母の生涯を何らかの形でたたえることができたと思う。現在の私の大部分は、母によって形作られた。それについて語るべきことを語り尽くしたから、新しい世界を探る準備ができたのだと思う」

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