<癌がなくなって廃業に追い込まれるなら本望だ──病気になってからではなく、なる前に手を打つ予防医療に重点を移す医療機関が増えている理由とは?>

マイケル・ラトナーが脳腫瘍と診断されても、弟のブルースは希望を捨てなかった。彼には患者の家族の多くが持たない切り札があった。それは「アクセス」だ。

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ニューヨークで数々の開発事業を手がけた元不動産デベロッパーのブルース・ラトナーは、ウェイル・コーネル医科大学とメモリアル・スローン・ケタリング(MSK)癌センターの理事を務めていた。そのため世界最高クラスの癌専門医の何人かに個人的なつてがあり、大半の最先端治療にアクセスできる立場だった。

開頭手術で切除できない2つ目の悪性腫瘍が見つかっても、ラトナー兄弟には希望が残されていた。ブルースがMSKの医長に頼み込み、癌細胞を特異的に攻撃する新薬を処方してもらったのだ。

マイケルの症状は寛解し、家族と過ごす時間を与えられたが、治療で体が弱っているところに厄介な感染症にかかり、それがもとで亡くなった。享年72。最初に脳腫瘍の診断を受けてから8カ月後の死だった。

それから8年後の今、ブルース・ラトナー(Bruce Ratner)は「癌の早期発見のためのマイケル・D・ラトナー・センター(Michael D. Ratner Center for Early Detection of Cancer)」の創設者であり、昨年刊行された癌の早期発見の大切さを訴える本の共著者でもある。

この本で彼は、兄には最先端の治療を受けさせることができたと述べている。ただ残念なのは、受けるのが遅すぎたことだ。

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