やがて何か野獣みたいな声が聞こえ、茂みの奥から大きな動物が向かってくる気配がした。牛かと思ったけれど、違った。対岸に姿を現したのは巨大な雌のハイイログマと2頭の子グマ。

嘘だろ、と思った。恐怖が腹の底に突き刺さり、時間が止まった。川を挟んでいても、距離はざっと30メートル。ハイイログマの観察時に推奨される90メートルよりはるかに近かった。

私はナタリーの腕をつかみ、「クマだ」とささやいた。彼女は目線を上げ、声は出さずに「あっ」と叫んだ。

私はまだパンツもはいていなかったけれど、クマ撃退用のスプレーを握り締めた。そしてゆっくり、彼女と一緒に後ずさりし始めた。

と、不意に母グマが後ろ足で立ち上がり、頭を左右に振った。あっ、気付かれたか。

もしも本気で戦闘モードに入れば、ハイイログマは時速60キロ弱で突進できるという。幅30メートルくらいの川なんて、あっという間に越えてくる。

あのとき私は腰から下は素っ裸で、顔は恐怖にゆがんでいたはず。片手にはクマ撃退用のスプレー、片手には拾ったばかりの小石を握り締めていた。私たちの不運を面白おかしく伝える新聞の見出しが、なぜか頭に浮かんだ。

人間の限界を感じた
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