それはおそらく、京都の精神領域が単一の思想に支配された世界ではなく、より穏やかで統合されたものだからだろう。仏教寺院の境内に美しい鳥居が並び、一対の小さな狐が見守っている。日本の宗教建築物の平和な折衷主義に敬意を表さずにいられない。

京都が体現する共存は、6世紀に中国や朝鮮半島から仏教が伝来して神道と融合した前後から築かれてきた。

もちろん、日本にも宗教的な暴力が蔓延した時代があった。寺社は焼き打ちに遭い、破壊され、仏像は川に投げ捨てられたり薪として使われたりした。

日本における信教の自由は1889年の大日本帝国憲法(明治憲法)以降、外国からの圧力も受けながら徐々に確立された。そのおかげで仏教と神道の平和的な共存が実現し、それぞれの要素が互いの慣習に組み込まれてきた。

私は2024年の新年の挨拶として、イタリア半島最東端のオトラント大聖堂で12世紀に描かれたモザイク画の写真に、深刻だが明るいメッセージを添えた。

「世界の果てで出合った中世のモザイク画が、この超激動の時代に私たちの願いをかなえてくれるだろう。息をのむほど素晴らしく、迷路のようで、神秘的な生命の樹と互いに殺し合う動物たち。2024年に幸あれ!」

1年がたち、もはや疑いの余地はない。24年は私たちに多くの幸福をもたらしはしなかった。政治家が迷走し、制度が沈黙し、ポピュリズムが猛威を振るうとき、先頭に立つのは個人だ。まさに1937年の『ゲルニカ』のように。

悲劇を暴き出す芸術の力