<「人種のるつぼ」の寛容さが失われつつある時代に、大谷とジャッジが体現した文化と人種の真の多様性>

大谷翔平は私にとって、父と野球をめぐる記憶を呼び起こさせる存在だ。しかし今年のワールドシリーズでは、父と野球についてや、大谷とワールドシリーズについてと同じくらい、アメリカ社会に思いをはせた。アメリカはどうなろうとしているのか、アメリカの理想とは何だろうか。

父が死んでボストンの新聞に訃報が掲載されて間もなく、私の兄弟の元に電話がかかってきた。「私は70年前、12歳くらいのとき、あなたのお父さんを知っていました。彼は20歳くらいでした」と、その高齢の男性は話し始めた。

「1940年頃のことです。地元の公園で私たち近所の子供が野球のチーム分けをしていました。でも、ピッチャーが必要なのに、誰も私を選ぼうとしなかった。ほかの皆はアイルランド系カトリック教徒で、私はユダヤ人だったからです。私は自分が何者であるかという理由で仲間外れにされていました」

「ちょうどそのとき、お父さんが通りかかりました。彼は私たち近所の子供のことを知っていました。そして、立ち止まるとこう言いました。『私が両方のピッチャーをやろう。ただし、(ユダヤ人の)ブルースも一緒にやる。ここでは誰でも遊べる。誰でもみんな。そういうものだ』。あのときのことは今も覚えています。お父さんは立派な方でした」

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「誰もが見たかった」対決
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