これに対し、「犯罪機会論」が焦点を合わせるのが、図表2-2の供給曲線だ。つまり、犯罪機会を奪うため、「入りにくく見えやすい場所」を増やしたり、「入りやすく見えにくい場所」を避けたりするようになれば、供給曲線は左(S1→S3)にシフトする。しかし、「入りやすく見えにくい場所」が増えたり、そうした場所に平気で行くようになったりすれば、供給曲線は右(S1→S2)にシフトする。

この図表2-1と図表2-2を合体させたものが図表2-3だ。そこでは、経済学における市場均衡が需要曲線と供給曲線の交点で表現されるのと同様に、犯罪機会の需要曲線(D)が犯罪機会の供給曲線(S1)と交わる点で犯罪発生量(Q1)が表されている。

ここで重要なことは、供給曲線を左(S1→S2)にシフトさせれば、潜在的犯罪者が犯罪機会を利用するコストやリスクが高まり(C1→C2)、犯罪は減少する(Q1→Q2)ということだ。

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筆者作成

犯罪機会論は「供給サイド犯罪学」

もっとも、どの程度犯罪が減少するかは、需要の弾力性(コストの変化率に対する需要量の変化率の比)次第である。例えば、殺人機会の需要は非弾力的(非感応的)なので殺人機会の供給減少による殺人防止効果は小さい。しかし、窃盗機会の需要は弾力的(感応的)なので窃盗機会の供給減少による窃盗防止効果は大きい。この点で、機会と盗人を結び付けた英語の諺「Opportunity Makes the Thief」(すきを与えると魔が差す)は言い得て妙である。

ノーベル経済学賞を受賞したゲーリー・ベッカーが「欲求はつねに新しい機会を利用して拡大する」と述べたように、「供給が需要をつくる」とさえ言えなくもない。そのため、ディビッド・ガーランド(ニューヨーク大教授、エジンバラ大ロースクール名誉教授)は、犯罪機会論を「供給サイド犯罪学」と呼んでいる。

それはともかく、犯罪機会の供給の減少(供給曲線全体の左へのシフト)によって、犯罪機会の需要量の減少(同一需要曲線上の左上方への移動)をもたらそうとするのが「犯罪機会論」である。その過程で、犯罪機会論は、動機、性格、嗜好、資質、出自、経歴、境遇、アイデンティティーといった「人」に関することには、一切興味を示さない。

無責任に聞こえるかもしれないが、犯罪機会論とはそういうものだ。あくまでも、コストパフォーマンスの観点から、犯罪防止に挑む犯罪学である。ウエットではなく、ドライな学問なのである。

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