無派閥の身軽さゆえに翻弄されて
しかし最大の問題だったのは、無派閥である菅首相が依拠した「派閥の均衡」という党内政治力学だ。思えば菅首相は昨年8月28日の安倍前首相退陣表明会見からわずか3日で、主要派閥の支持を取り付けて総理総裁の座に上り詰めた。無派閥であるがゆえに派閥間の合従連衡を形成する戦略を取れたからである。しかし今回の5日間政局は、その無派閥であるという身軽さが逆に、自民党重鎮の思惑が渦巻く政治的潮流の中で翻弄される状況を生み出した。二階幹事長と安倍前首相・麻生副首相が織りなす権力の双焦点構造の中で、重鎮政治家と良好な関係を維持するために政策資源と時間が費やされ、「重鎮政治」が菅政権の足枷となった側面は否定できない。
いずれにせよ菅首相退陣劇は改めて「派閥」の意義を問いかけている。現時点で総裁選立候補を表明している岸田氏は宏池会の領袖、名前が取り沙汰されている石破茂元幹事長は水月会の前領袖、河野太郎行革相は麻生派(志公会)、下村博文政調会長は細田派(清和研)に所属しているが、高市早苗前総務相、野田聖子幹事長代行は無派閥だ。当選回数3回以下の若手議員が4割を占める今の自民党は「派閥領袖が右を向けと言ったら皆が右を向く」組織ではなくなっている。次の総裁選は「世代交代」と並んで「派閥の意義」も焦点になるであろう。
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