もちろん公共の会場を使う場合でも、ヘイトスピーチや差別的・ハラスメント的な表現に関しては許されるべきではない。ヘイトスピーチ規制法や男女共同参画社会基本法など最低限の基準は必要だ。だが、日本軍の戦争犯罪や象徴君主についての表現が、右派の主張するような「日本人差別」に当たらないことは言うまでもない。

「表現の不自由展」の不自由さ

右翼の活動が増長するのは、世論の鈍さもある。暴力的な妨害行動を非難する前に、事なかれ主義的に、そうした妨害を「持ち込んだ」主催者側を非難する空気が存在する。そもそも天皇を扱ったり、日本の戦争犯罪を告発したりすることは日本のマジョリティのお気持ちを損ねる行為でもある。内心では右翼に同調し「いい気味だ」と思っている「一般人」も多いだろう。

しかし、「表現の不自由展」のような企画が公共の施設から締め出され、右翼団体やレイシスト団体によって潰されていくことを容認する者は、挑発的な言い方をすれば、憲法に書かれている「表現の自由」を死文化することに同意しているも同じだ。

東京での「表現の自由展」が、新たな会場を確保して、無事開催されることを願っている。

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