振り返ってみると、日本政府のこの姿勢は前政権時代から継続している。集団的自衛権の行使は現憲法下では認められないと、いくら圧倒的多数の憲法学者が抗議しても、安倍政権は安保法案を強行採決した。菅政権が発足当初に行ったのが日本学術会議に対する人事介入であった。さらに付言すれば、日本学術会議への諮問は、2007年以来行われていない。
東京や大阪で緊急事態宣言が続く中で、オリンピック開催に関する専門家の発言を真摯に受け止めない政府の姿勢を批判する声は流石に大きくなっている。しかし、そもそもの問題は、科学的なものを軽視する政府の姿勢がこれまで許容されてきてしまったことにある。有権者の政権選択の在り方も含めて反省すべきことは多い。
絶望的なワクチン接種目標
菅政権は、オリンピック開催の切り札として、65歳以上の高齢者へのワクチン接種を7月末までに終えるという目標を掲げていた。しかし6月上旬現在で、高齢者に対するワクチン接種回数は1000万回にも達していない。65歳以上の全ての高齢者が2回接種するのに必要なワクチンの回数は7200万回といわれており、これから毎日100万回接種しても、7月末までには到底間に合わない計算だ。
菅首相は1日のワクチン接種数の目標を100万回に設定しているが、現在はやっと50万回を超えたところだ。この数字が突然2倍に増えるような見通しはない。自衛隊を動員した東京と大阪の「大規模ワクチン接種」も、フル稼働してもそれぞれ1日1万回程度であり、大きく宣伝されていた割に大勢に影響を与えるようなものではない。むしろ東京では予約システムの欠陥が指摘され、大きな混乱を招いてしまった。
確かに初動の出遅れから考えれば、現在ワクチンを1日50万回打てているのは十分な数字だ。しかしオリンピックまでの高齢者ワクチン接種目標という観点から考えれば、その達成は物理的にほぼ不可能だ。それにも関わらず政府は、この目標をいまだに取り下げていない。これは異常なことだ。あれだけ沢山の大人が関わっているのに、誰も無理だとは言えないのだ。こうした不合理なことがまかり通っているのも、政府が分科会の提言を聞き入れないことと同じく、オリンピック開催という政治目標に都合の悪い事実を全て無視するという、菅政権の非合理的な精神の顕れだといえるだろう。
観客を入れるという無謀さ
尾身会長は、オリンピック中止をはっきりと提言することはできなかった。ただし、彼はもしオリンピックをするなら「規模は最小限」に留めておくことを提言し、無観客試合などを推奨していた。