あるいは捜査の段階もしくは送致後であっても、すみやかに示談を模索するケースも大変多い。この場合、加害者側は検察官の心証を良くすることで不起訴を狙っている。もしくは警察から送致する段階で所謂「処分(送致)意見」を穏当なものにしてもらうことを狙う。処分意見の内容は検察官の起訴決定に影響を与える場合があるので、どちらにせよ不起訴狙いの行動である。
この、加害者による被害者との示談成立は、ほぼあらゆる刑事事件の加害者=被告側の心証を向上することに役立っている。「被害者と示談が成立している」という事実は刑事事件について検察官や裁判官に重大なプラス心証を形成し、逆に「被害者と示談が成立していない」という事実は被告にとって大きなマイナス材料となる。
これを今般の侮辱罪厳罰化に当てはめてみる。起訴率が上がると予想されるので、加害者は起訴されないために被害者に示談を願い出るのがふつうだろう。前述したように捜査段階、あるいは送致後であっても比較的短時間に示談が成立すれば不起訴の可能性が高まるからだ。
略式起訴された結果、罰金・科料命令が出ると初犯者は前科一犯になるため、まず起訴回避のために悪い意味で「奔走」する場合が多い。改正刑法によって起訴率が上れば、前科を付けたくない加害者は被害者との示談を強く模索するだろう。この場合の示談金の相場は、一般的には数万~数十万円の範囲だろう。この範囲で示談した場合、加害者の不起訴可能性は高まるが、結果として被害者は民事訴訟を経ず、経済的な賠償がなされるわけである。つまり刑事一本やりで金銭賠償が被害者になされるのだ(その代わり、加害者は国家から罰せられ、所謂"犯罪者"になる可能性はぐんと減る。カネの問題ではない、徹底的な懲罰を望むという場合は示談を拒否すればよい)。
刑法改正前の侮辱罪には、加害者による「不起訴狙いテクニック」を駆使する必要はなかった。繰り返すようにその量刑は、「拘留(30日未満)か科料(1万円未満)」だったから起訴率が低いと予想されたからだ。特にアクションを起こさなくとも不起訴になるのなら加害者は被害者と示談する必要性を感じなくなる。それに関係なく反省しているからその気持ちを現金で示したい、という加害者がいるとしたら、そもそもそんな道徳心を持っているという時点で、ネット上で他者を誹謗中傷したりしない。
侮辱罪の厳罰化は、このように懲役・禁錮の量刑を29日→1年に拡大したこと、罰金を実質9000円→30万円に拡大したことで、起訴率上昇が見込まれ、結果として不起訴を期待して加害者からの被害者へ積極的示談が見込まれる可能性が増大したという点で画期的であり、よって最も肝であるといえるのである。