降伏を潔しとせず、最後まで戦い続けた後、敵兵によって遺体まで切り刻まれたコバニ氏は、クルド人社会において民族独立の「殉教者」として位置付けられるようになったといえます。

追い詰められるクルド人

ただし、シリアのクルド人たちを取り巻く状況は苦しいものになりつつあります。

先述のように、IS対策の一環として、欧米諸国はYPGなどクルド人勢力を支援してきましたが、YPGを「テロリスト」と位置づけ、これの掃討を目的とする「オリーブの枝」作戦を展開するだけでなく、コバニ氏の遺体を切り刻んだ民兵を支援するトルコもNATO加盟国です。1月28日にトルコ政府は、「米国政府が今後トルコ人勢力への武器供与を停止すると語った」と発表。これに関して米国は明確な声明を出していませんが、少なくとも米国が難しい判断に迫れていることは確かです。

米国にとって、ISやアルカイダ系組織を封じるために、あるいはイランやシリアの影響力をこの地域から削ぐために、シリア政府やイラン政府と対立するYPGは、格好のパートナー候補です。

一方、NATO加盟国であるトルコは、国内の人権侵害などをめぐって米国との関係が悪化し、ロシアやシリアに接近しています。この状況下、米国がトルコをつなぎとめることを優先するなら、クルド人勢力と「手を切る」ことも想定されます。現状でも既にクルド人勢力の間には米国の支援の不足に不満があります。もし米国がトルコとの関係を優先させれば、YPGはほぼ孤立無援になります。

米国にとっての「殉教者」

このように難しい判断を迫られている米国政府にとっても、今回の映像は無視できないインパクトを秘めています。

「#me too」が勢力を広げる米国世論において、コバニ氏がクルド人という「民族の殉教者」としてだけでなく「フェミニズムの殉教者」として位置付けられた場合、米国政府はクルド人勢力への支援を簡単にやめることはできなくなります。

その一方で、米国世論がこれに無関心だった場合、米国政府がトルコに傾いたとしても不思議ではありません。その場合、シリアのクルド人は欧米諸国に「使い捨てられる」ことになりかねません。

2月5日現在、各国メディアがこの問題を取り上げているなか、ニューヨークタイムズやワシントンポストなど主要な米国メディアは、奇妙なほどこの問題に静かです。例えトランプ政権と対決しあっていても、そこにはシリア政策をめぐる米国のデリケートな立場への忖度があるのかもしれません。

映像が暗示するさらなる苦難