<批判も多い政府開発援助(ODA)だが、日本にとっても相手国にとっても役に立っている>

今年2月、トランプ米大統領が設けた政府効率化省のトップで強権実業家のイーロン・マスクは、世界中で経済協力を手がけている米国際開発庁(USAID)のほぼ全職員に解雇を通知し、首都ワシントンと途上国のオフィスを閉鎖させた。世界中で、アメリカが捨てたプロジェクトのうち継続が必要なものを、日本も含めた他の先進諸国が救済しようとしている。

経済協力、別名ODA(政府開発援助)は1969年、先進諸国の集合体OECD(経済協力開発機構)が正式にスタートさせた。日本は戦後賠償から経済協力をスタートさせていたが、GDP世界2位を誇るようになると、先進諸国、途上諸国の双方から「儲けてばかりいないで、もっとODAを出せ」と言われ、アメリカからは「海外に兵力を出せないなら、ODAで世界の平和に貢献しろ」と言われ、89年にODA供与額で世界一になった。

筆者が大使としてウズベキスタンに赴いたのは2002年。当時の日本は、ここでもODA供与額でアメリカと1、2位を争っていた。事業は小学校のトイレ改修に始まり、日本語の初歩教習、『おしん』などテレビ番組や医療器材の提供、農法の改善、農業機械の供与、かんがい施設の改修、起業方法の研修、財政・金融部門をはじめとした役人の養成、鉄道や道路の建設・改修、鉄道車両改修工場や発電所の建設など、生活のあらゆる面に及んでいた。

大使館員、国際協力機構(JICA)の職員、そしてJICAが派遣する諸専門家、海外協力隊員は皆、現地のスタッフと共に意欲に燃えて仕事をしていた。大使をしていた筆者はこれを背景に、毎週のようにテレビに登場。用事があって要人にアポを申し込めば即座に会ってくれたし、日本側の頼みもすぐ聞いてくれた。

日本の援助人材、メカニズムは世界に誇るべきもの