最も興味深いのは、この著者は、筆者(遠藤)といかなる関係もなく、また拙著を読んでいない状況下で、拙著と同じ内容を書いているということだ。その証拠に、この評論記事が最初に公開されたのは、どうやら2014年2月11日で、中国大陸の「百度空間」に同じタイトルの記事が出ているのを見つけ出した。作者は「廖波」という作家らしい。
そこには明確に以下のことが書いてある。
――1939年,(ソ連の)スターリンは、ドイツ・ファシストの目を西ヨーロッパ、特にイギリスに向けさせるために、(最大の敵であるはずの)ヒトラーと「友好互助条約」を締結した。そしてモスクワのコミンテルン(共産主義インターナショナル)は(毛沢東のいる)延安に指示を出し、「聯汪反蒋」(汪兆銘と連携し蒋介石に反抗する)あるいは必要なら「聯日反蒋」(日本軍と連携し、蒋介石に反抗する)ことを許した。これはマルクスレーニン主義の柔軟的応用だとして、毛沢東は直ちにその意を飲み込み、その年の10月に最も腕の高いスパイ大将・潘漢年を上海に潜らせ、新しい諜報根拠地を設置させたのである。
その後、少なからぬ中国大陸のウェブサイトが転載している。
それでいて削除されていない。
中国で何が起きているのか?
これはいったい、何を意味するのだろうか?
関連情報をたどっていくと、2014年8月26日に「大学教材編集出版 薛老師」という人が書いたブログに同じタイトルの論評が転載されており、そこからさらに、公安や司法関係の人材を輩出している中国政法大学の教授のスピーチにたどり着いた。
それは卒業式における祝辞の一つで、スピーチのタイトルは「中国にはやがて大きな変化が起きる。その時には必ず正義の側に立て」というものである。
筆者が驚いたのは、拙著『チャーズ 中国建国の残火』に書いた、1947年から48年にかけて中共軍が行なった長春の食糧封鎖に関する別の作者(台湾)の本『大江大海 1949』を紹介していることである。
あのとき数十万の無辜の民が目の前で餓死し、そこから脱出するために、筆者は餓死体の上で野宿した経験を持つ。その事実を書き残すことが、筆者の執筆活動の原点だ。
