完成しない「領土回復」

清朝末期、中国は日米欧の列強に植民地化される危機に瀕し、領土を削り取られた。その代表格が、台湾、香港、マカオだ。台湾は日清戦争、香港はアヘン戦争、マカオはポルトガルとの交渉で、中国の主権が奪われた。近代国家建設において、中国の国家像のなかにコンプレックスとともに「領土回復」がインプットされ、誰もが疑わない命題となり、義務となった。

私たちは大国として米国とも堂々と渡り合っているいまの中国しか知らない。香港返還で英国から立派に香港を取り戻したではないか、台湾についても経済規模や軍事力で圧倒しているではないかと考えてしまう。だが中国にとって「領土回復」はまだ完成しておらず、たえず外敵(主に米国と欧州、日本)が中国の発展を本心では望まず、いつも国家の分裂や台頭の阻止のために何らかの工作を画策しているのではないかと疑っている。そのため、外部からの介入に、中国は猜疑心を強め、極めて過敏に反応し、「陰謀論」に傾きがちになってしまう。特にそれがコンプレックスの根源である台湾・香港についてはより強く出てくる傾向がある。

何しろ、台湾・香港は「屈辱の百年」の出発点であり、中国政治の最深部に埋め込まれた「痛み」であるからだ。

中国を理解する「入口」

私たちに求められるのは、なぜ台湾・香港が中国にとって重要なのか、台湾・香港は中国にとって、いかなる意味を持つのか、そうした根源的な問いを持ち続けることである。

日本の中国研究は長年、台湾・香港を過小評価してきた。歴史的文脈や政治的文脈で共産党政権がどのように台湾・香港の問題を考えているのか、近代化以降の中国国家にとって、台湾・香港問題はいかなる意味を持つのか、国家統合への熱望とナショナリズムが結び付いたその特殊性を日本社会にもっと伝えるべきだった。いまだに「あの小さい台湾や香港は、巨大な中国を揺るがすような存在ではない。米中関係、日中関係のなかで、台湾・香港問題は従属的テーマに過ぎない」という考え方は根強い。だが、果たして本当にそうだろうか。

中国問題の「出口」として台湾・香港を捉えようとするから、どうしても現実をうまく捉えきれない。台湾・香港問題は、中国を理解するうえで極めて大切な「入口」であり、「出口」ではない。中国の近代や中国共産党にとって、台湾・香港は国家建設の出発点であり、モチベーションの源であり、聖なる目標であるのだ。だから、国際情勢に鑑みた計算や忖度が入り込む余地は、想像する以上に小さい。そのことを私たちはまず頭に入れておきたい。

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『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(平凡社新書)

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