「親愛なる台湾人民よ。演説はここまでです。改革に着手せねばなりません。この時から、この国を背負う責務は、新政権に渡されました。私はみなさんにこの国の変革を見ていただきます」

 文字一つひとつからにじむのは、自らの演説すら余計なものだと言わんばかりの仕事への意欲である。学者から高級官僚を経て政治家となった蔡英文の人生は基本的に「問題解決」のために費やされてきたといっていい。蔡英文の政治的直感力は、陳水扁に遠く及ばない。李登輝のように思想や哲学を感じさせるわけではない。馬英九のようにロマンチストでもない。だが、問題を解決する能力においては、その誰よりも強い、という自負が本人にはあるはずだ。

 この演説において、蔡英文が中台関係において割いた字数は中国語のなかでわずか1割に満たない分量に過ぎない。「一つの中国」「中華民族の偉大なる復興」「両岸一家親」などという「情念の世界に台湾を引きずり込もうとするという中国の試み」(林成蔚 ・常葉大学教授)をかわし、台湾の人々の困難を解決するためにシンプルかつ実務的に働きたい――そんな強い決意を、蔡英文の就任演説の主に「起」と「結」から、読み取りたいと思う。

*本コラムにおける蔡英文の就任演説の日本語訳は如月隼人氏のブログにおける演説全文翻訳(リンク先は全10回の第1回)を参照させていただきました。