文在寅が「タマネギ男」の検察改革に固執する理由

2019年9月17日(火)18時30分
浅川新介(ジャーナリスト)

文が曺の法相就任で妥協しなかったのは、共に民主化運動を戦い、自身が大統領府民情首席秘書官として仕えた盧大統領の最期が1つの原因とされる。

高卒で司法試験に合格し弁護士となった盧は「人権弁護士」の実績で政界へ進出し、大統領にまでなった。既得権益と離れたところにいたため、韓国の歴代大統領の中でも、権力と腐敗のつながりを断ち切ることに成功した大統領と評価される。

それでも退任後に親族や側近が不正献金疑惑で逮捕され、盧は2009年5月に投身自殺した。疑惑追及を苦にしたと言われているが、国民葬の責任者として最期を見送った文は、執拗に盧を責め立てる検察など捜査当局の姿勢に反発した。

検察がやり玉に挙がるのは、その中立性についての疑問符ゆえだ。検察官自身が政界・財界からの賄賂の提供を受け、容疑者に有利な捜査をするケースも指摘されてきた。実際、ある保守派の議員は「国民の誰もが疑惑の人物とその背後について知っているのに、検察は知らないふりをする」と批判する。

韓国の保守政権はいったん権力を握ると、懐柔策を使って検察を完全に掌握する。検察改革は進まず、検察側も保守政権の意向を忖度し、時には「権力の犬」となって動く蜜月関係が築かれる。

しかし文政権を含む革新政権は、かつて反体制運動を担ってきた勢力として、体制側の検察と容易に距離を縮めようとしなかった。このため検察も革新政権に対して緊張する。国民の支持を受けて誕生する革新政権の任期当初、検察は国民の反発を買うので盾突くことはしない。国民の反発で、ますます検察改革が進んでしまうからだ。だが、国民が反発するスキャンダルが発生すると、そこを検察は突く。

1期5年で再選が許されない韓国の大統領制は、任期半ばまで目立った実績がなければ、急速にレームダック化してしまう。そして現職の大統領に不正・腐敗の根を見いだせば、次なる有力な大統領候補者の歓心を買おうと、検察は現職大統領の弱点を捜査で追い詰める。

「権力に酔い初心忘れる」

曺が法相に任命される直前、検察はその妻を娘の不正入学に関する私文書偽造容疑で在宅起訴した。「起訴は当然」という声はあるものの、そのタイミングがあまりに恣意的だという批判がある。

ただ今回、文は検察改革への信念を変えないだろう。検察側はこれまで、「自分たちの力で改革する」と主張してきた。「セルフ改革」と韓国で言われているが、文はこれを信じていないはずだ。それは、落選した2012年の大統領選で表明した「高位公職者不正捜査処の設立」という自らの改革案を現在も掲げていることからも分かる。

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