イスラエルのガザ攻撃が持つ意味

2012年11月21日(水)12時21分
酒井啓子

 14日に始まったイスラエルのガザ地区への空爆は、一週間経ても収まる気配を見せない。パレスチナ人の被害は100人を超え、オバマ政権もクリントン国務長官に仲介を命ずるなど、対応に動き始めた。

 なぜ突然、パレスチナでの戦闘が激化したのか。日本の報道の大半が「ガザを実効支配する"原理主義"組織ハマースがイスラエルにミサイルを撃ち込み、首都まで射程に入ったから」、それに対応してイスラエルが強硬手段に出た、と解説する。「ハマース=先に手を出した=悪者」との構造が、前提にある。

 こうした切り取り方は、日本の報道のいつもの陥穽だ。その背景や長期的に続けられているガザに対するイスラエルの政策がどうなのか、考慮することなくごく短期間だけ取り上げて、どちらが先に始めたか、で判断しようとする。実際のところ、2008-9年にイスラエルがガザを大々的に攻撃して1300人以上のパレスチナ人の死者を出して以来、戦闘は繰り返されてきたし、ガザへの物資や人の移動を阻むイスラエルによる封鎖は続いてきたのだ。戦闘が激しくなったときだけの応酬を取り上げて「喧嘩両成敗」というのは、おかしな話ではないか。

 さて、今イスラエルがガザ攻撃を始めたのには、どういう意味があるのか。背景のひとつには、米大統領選でのオバマ勝利があるだろう。イスラエルのネタニヤフ政権はオバマと関係が悪く、専らロムニー陣営に肩入れしていた。オバマ政権が二期目で本格的に中東和平交渉に取り組むようになれば、ネタニヤフにとってはあまり面白くない。

 だがそれ以上に重要なことは、今回の攻撃が「アラブの春」以来始めてのイスラエルの本格的攻撃だということである。今年、選挙を経て新たに政権がスタートしたエジプト、チュニジアでは、イスラーム主義政党が与党となった。これまで従米路線をとりイスラエルの対パレスチナ弾圧に無策だったがゆえに、国民から批判を受けていた前政権と異なり、より民意=反イスラエルを反映した政権になっているはずである。なによりも、エジプトの自由公正党もチュニジアのナフダ党も、ハマース同様の「イスラーム主義」を掲げる政党だ。民主主義によって成立したポスト「アラブの春」政権が、このイスラエルの攻撃にどう対応するかに注目が集まる。

(ちなみに、日本のメディアはハマースを「原理主義集団」と呼ぶが、同じイスラーム主義政党でも自由公正党やトルコの公正発展党には「原理主義」と呼ばない。ハマースを「原理主義」と呼び続けるなら、いっそエジプトのムルスィー大統領のことを「原理主義者の大統領」とでも呼べばいいじゃないか、と思うのだが。)

 与党となったイスラーム主義政党はいずれも、イスラエルの行動を厳しく糾弾している。しかし口で非難するだけなら、どのアラブ諸国も同じだし、前政権だって同様の反応だった。では、より確たる反イスラエル行動が取れるだろうか。外交関係の継続を強調し、欧米のイスラーム主義へのアレルギーを避けようと必死な「春」後の政権としては、これまでと大きく異なる行動を取るのは難しい。だが一方で、国内にはより激しく反イスラエルを訴える、サラフィー主義などイスラーム主義強硬派の台頭を抱えている。パレスチナ支援で有効な政策が取れなければ、次の選挙で今の穏健路線に満足できない有権者の票が、強硬派に流れる可能性は否定できない。それを避けるために、一歩踏み出した政策を取らざるをえないかもしれない。

 イスラエルの今回の攻撃は、アラブ諸国に対する一種の試験である。従来通り、実利優先で実際にアラブ諸国はイスラエルに強硬な政策を取らない、というなら、イスラエルは、「春」以前と同様、周辺アラブ諸国に優位を保ち続けることができる。一方で、新政権のイスラーム主義政党が反イスラエル路線を打ち出すなら、これは格好の好機でもある。ほらみろ、「民主化」といいながら登場した政権は、ハマースやヒズブッラー同様の「原理主義」暴力集団じゃないか、と主張することができる。そして、リビアでの大使殺害などで「アラブの春」歓迎ムードが急速に萎んだ米国世論に、再びアラブ離れを促すことができる。

 イスラエルが一番困るのは、周辺国が民主的な親米・反イスラエル政権となることだ。中東で親イスラエルを期待するのは難しいので、非民主的で反米であってほしい。そうすれば米政府は、いかに仲の良くないオバマでも、それらの国ではなくイスラエルを選ぶ。
 
 さて、イスラーム主義者ムルスィー大統領は、試験にどう答えるのか。

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