日本は「貿易立国」を卒業したが、安倍政権はそれを知らない

2014年3月5日(水)16時22分
池田信夫

 2012年末に安倍政権が誕生したとき、「日銀が輪転機をぐるぐる回してお札を印刷すればデフレを脱却できる」という安倍首相の話がもてはやされ、浜田宏一氏(内閣官房参与)は「日銀がエルピーダをつぶした」と断言した。半導体大手のエルピーダメモリの経営が破綻したのは、日銀の金融政策による円高が原因だというのだ。

 日銀の黒田総裁が昨年4月に「2年で2倍」の金融政策を打ち出した目的も、インフレで円安にして輸出を増やし、景気を回復させることだった。それから1年たち、1ドル=100円を超える円安水準になったが、どうなっただろうか。次の図は、財務省の発表した2013年までの国際収支(速報)である。

 貿易収支の赤字は大幅に拡大し、昨年は(サービス収支を含めて)過去最大の12.2兆円となった。これに所得収支(海外からの配当・金利)などを加えた経常収支の黒字も3.3兆円と、比較可能な1985年以降で最低だ。浜田理論によれば円安で貿易黒字になるはずだが、何が間違っていたのだろうか?

 第一の原因は、円安にもかかわらず輸出量が減ったことだ。2013年の輸出量は前年に比べて1.8%減った。特に電機製品の減少が大きく、この部門は純輸入に転じた。浜田氏の期待に反して、半導体の輸出量も大きく減少した。この分野では日本メーカーにもう競争優位がないので、円安になっても売る物がないのだ。

 第二の原因は、輸入量が増えたことだ。この最大の原因は、原発を止めたためにLNG(液化天然ガス)の輸入量が3.6兆円も増えたことで、これが貿易赤字の1/3に相当する。このうちLNG価格の上昇やドル高の影響を除いたネットの影響は2.5兆円(経産省調べ)。原発停止で、GDPの0.5%が産油国に流出しているのだ。

 製品別にみると、通信機の輸入がここ3年で2.4倍に増え、大幅な貿易赤字になった。これは携帯電話がスマートフォンになる変化に日本メーカーがついていけず、スマホのほとんどが輸入品になった変化が大きい。この世界市場はアップルやサムスンなどの寡占状態になっており、日本メーカーが挽回することは絶望的である。

 第三の原因は、海外生産の増加だ。自動車・電機などの輸出産業は、最近の円高の中で海外生産にシフトしており、繊維や雑貨などはほとんど海外生産だ。ユニクロの衣類や100円ショップの商品などはアジアで生産して輸入しているので、円安になるとコストが上がり、流通業の業績は悪化する。

 要するに、日本経済は円安で貿易赤字が増える構造になり、所得収支の黒字で貿易赤字を埋めているのだ。これは日本が輸出で国内の需要不足を補う貿易立国を卒業し、生産をグローバル化して所得収支で利益を上げる資産大国に変化したことを示しており、それ自体は悪いことではない。

 しかし浜田氏や黒田総裁のように円安で景気を回復させようとするのは、いまだに貿易立国にすがる時代錯誤である。極端な金融緩和で円安を進めると、貿易赤字が増えて外需(純輸出)はマイナスになり、成長率は低下する。資産価値を高めるためには、むしろ円の価値を高めることが望ましい。

「デフレ脱却で景気をよくする」というのも幻想である。それは日銀の目標とする消費者物価指数(CPI)でも明らかだ。1月のコアCPI(生鮮食品を除く)は前年比1.3%増だったが、この最大の要因はエネルギー価格や(原発の停止による)電気代の上昇だ。これを除いたコアコアCPI(食料・エネルギーを除く)は0.7%増と横ばいである。

 もともと金融政策は、その程度のものだ。物価は経済の体温だから、体が暖まるのはいいが、それで病気を直すことはできない。物価を上げることだけが目的なら、円安で輸入物価は上がるが、それで国民は幸福になるのだろうか。いま必要なのは、貿易立国の幻想を捨て、成熟した国にふさわしい経済構造に改革することである。

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