「黒田バズーカ」はなぜ逆噴射したのか

2013年5月28日(火)19時25分
池田信夫

 日本銀行の総裁に就任した黒田東彦氏が4月4日に発表した「異次元緩和」は、強烈な印象を与えた。日銀が「2年後に2%の物価上昇率を実現するためにマネタリーベース(通貨供給)を2倍にする」と「2」で統一したプレゼンテーションは、日本経済も一挙に浮上するとの期待を市場に与えて株価は急上昇し、麻生財務相は「バズーカ」と呼んだ。

 それから約2ヶ月。物価はどうなっただろうか。次の図1は、東大経済学部の渡辺努教授が実験的に出している東大日次物価指数である。


図1 日次物価指数(%)出所:東大

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 これは算出方法も品目も総務省の消費者物価指数とは違うので単純に比較はできないが、今年初めから物価がどう変化したかを見ることはできる。1月20日に政府と日銀が共同声明で「2%の物価安定目標」を打ち出した後も、物価はやや下がっている。4月の「異次元緩和」にはまったく反応せず、その後もゆるやかなデフレ傾向は変わらない。

 他方、長期金利は図2のように激しく乱高下を繰り返したあと、0.9%まで上昇し、住宅ローンや貸出金利も上がり始めた。黒田バズーカは、金融引き締めの逆噴射になったのだ。これはインフレ予想で上がったとも考えられるが、市場関係者の多くがいうように「黒田総裁が何をするかわからない」というリスクプレミアムと考えたほうがいいだろう。


図2 長期金利(10年物国債・%)出所:Bloomberg

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 こうなった原因は、そもそも異次元緩和に無理があるからだ。日銀の「展望レポート」によると、その波及経路は(1)長期国債の大量購入による長期金利の低下、(2)機関投資家のリスクテイク促進、(2)インフレ目標による期待形成、という3つだが、マーティン・フェルドシュタイン(ハーバード大学)など多くの経済学者が「論理的に矛盾している」と批判した。

「名目金利=実質金利+予想インフレ率」なので、インフレ予想が上がると長期金利は上がる。日本が1000兆円以上の政府債務を抱えながら財政不安が起こらなかったのは、デフレのおかげで長期金利が低かったからだ。それなのにわざわざインフレにして長期金利を引き上げると、2%ポイントで14兆円も国債の利払いが増える。

 おまけに日銀の「金融システムレポート」によれば、1%ポイントの金利上昇で、銀行の保有する債券の評価損は9兆円にのぼり、中小金融機関の経営不安をまねくおそれがある。日本経済の「ジリ貧」状態を無理して打開しようとすると、財政破綻や金融危機という「ドカ貧」になるおそれが強いのだ。

 先週公表された4月の金融政策決定会合の議事録でも、木内登英審議委員が「2年程度で物価安定の目標である2%程度に達する」という見通しを「上昇幅を緩やかに拡大させていくことが見込まれる」と変更する議案を出したが、彼以外の全委員が反対して否決された。

 他方、内閣官房参与の浜田宏一氏はブルームバーグのインタビューに答えて「2%のインフレ目標は雇用と生産を向上させるための補助的な手段にすぎない。1%でも同じ結果が出ればいい」と述べ、2%のインフレ目標を放棄した。

 市場にも経済学者にも、2年で2%のインフレが実現すると信じている人はほとんどいない。これ以上、黒田氏が無謀な国債買い占めを続けると、日銀にクラウディングアウト(締め出し)された機関投資家が国債を売り逃げて国債が暴落するという、財務省のもっとも恐れている事態も考えられる。
 
 国債を大量に買えばインフレになると同時に長期金利が下がるという黒田理論は、論理的に矛盾しているばかりでなく、市場にも「反証」されたのだ。戦いでもっともむずかしいのは撤退である。黒田氏が強いリーダーシップをもつ聡明な人物であることはよく知られている。そのリーダーシップを生かして、名誉ある撤退をしてはどうだろうか。

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