補助金で支えられた「大学バブル」の終わり

2012年11月9日(金)15時07分
池田信夫

 田中真紀子文部科学相が来春開校する予定の3大学の設置を認可しなかった騒ぎは、一転して白紙撤回で収拾されたが、大学が大きな問題を抱えているという彼女の問題提起は正しい。学校教育は今や農業と並ぶ補助金産業であり、今年度は国立大学法人と私立大学に合計1兆4800億円の補助金が支給されている。農業と同じように、補助金は産業を腐らせるのだ。

 人材の育成は政府の重要な仕事だが、今の大学がそういう役割を果たしているかどうかは疑わしい。教育の効果についての調査としてもっとも大規模な世界銀行の実証研究によれば、教育投資と経済成長率にはまったく相関がない。労働者の技能が上がらないのに大卒の賃金が上がるのは、大学が能力を示すシグナリングの装置として機能しているからだ。したがって学歴の私的収益率は高いが、大学教育は社会的には浪費だ、というのが多くの実証研究の示すところである。

 大学で差別化できないと、大学院への進学率が高まる。アメリカではこのような大学バブルが問題になっており、ここ30年で高等教育への家計支出は4倍以上になり、学費のローンが自動車ローンを上回って家計を圧迫している。日本でも、学齢期人口が減少している中で大学が20年で260校も増えたのはバブルである。「大学院重点化」は無名大学から有名大学の大学院に入る「学歴ロンダリング」の温床になり、法科大学院は廃校が相次いでバブルの崩壊が始まっている。

 これは大学の競争を促進しようとして設置基準が緩和されたためだが、新規参入は増えたが退出はほとんどなかった。定員割れになっている私大の赤字を私学助成で補填してきたからだ。また今回いったん不認可になった秋田公立美術大学のように、就職の当てのない大学を自治体が経営するケースも多く、この場合は赤字を地方税で補填している。

 このように日本の大学は補助金に守られて競争がないため、教師にも学生にも競争原理が働いていない。世界的には、大学の教師は任期制で、終身雇用資格(テニュア)をもつのはごく一部だが、日本では准教授になると自動的にテニュアが与えられ、定年まで1本も論文を書かなくても授業さえやっていれば身分を保障される。成績評価も甘く、入学さえできれば卒業できるため、学生もまじめに勉強しない。

 学歴を求めて大学生が増えすぎた結果、大卒の就職内定率が8割という状況が続いている。リクルートワークス研究所の調査によれば、2013年大卒に対する大企業の求人倍率は0.73倍なのに対して中小企業は1.79倍。全体では1.27倍と需要超過なのに、大学生が大企業に就職しようとするため「無業者」になってしまうのだ。

 企業は大学で何を勉強したかにはほとんど関心をもたないので、大学1年の4月2日に内定を出すユニクロのような企業が合理的だ。大企業の人事部が採用するのはMARCH(明治・青山学院・立教・中央・法政)クラスまでで、定員割れになっているような私大に行くことは、機会費用(4年間の学費と賃金)を考えると、私的収益率もマイナスになるおそれが強い。

 今のような劣化した大学は人材育成に役立たないばかりでなく、「大学教授」という非生産的な労働に多くの知的労働者を囲い込んで人的資本にマイナスになっている。もちろん哲学や天文学などには文化的な価値もあるが、そういう機能は今の大学の1割ぐらいだろう。大部分の大学はアカデミズムの飾りを捨て、実務教育に徹するべきだ。

 人材育成のためには今のように大学に一律に補助金を投入するのではなく、学生に対して成績に応じた奨学金として出すことが望ましい。大学にも競争を導入し、教師にも一律に雇用を保障するのではなく、有期雇用にして業績評価を徹底すべきだ。田中文科相の問題提起を、政府も大学関係者も真剣に受け止める必要がある。

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