原発事故で600人以上の死者をもたらしたのは放射能ではない

2012年7月27日(金)14時18分
池田信夫

 福島第一原発事故についての政府の事故調査・検証委員会の最終報告書には、あまり目立たないが重要な指摘がある。双葉病院(福島県大熊町)とその系列の介護施設で患者など約50人が死亡した事件について、8ページにわたって記述しているのだ。

 事故直後の昨年3月12日朝、周辺10キロに避難指示が出たのを受けて大熊町は大型バス5台を病院に派遣して209人を救助した。このとき寝たきり患者ら230人が取り残されたが、大熊町は避難が完了したと誤認して放置した。「患者が残っている」という連絡を受けて陸上自衛隊が救助を始めたのは2日後で、寝たきりの患者を長時間搬送し、避難所の施設も不十分だったために多数の患者が死亡した。

 報告書はこの原因を「町と自衛隊の連携が不適切だった」と指摘しているが、問題はそれだけではない。双葉病院は福島第一原発から南西4キロの位置にあるが、風は北西に吹いていたので、それほど緊急に避難する必要はなかった。低線量の放射線による被害は長期間にわたって蓄積しないと出ないので、少なくとも介護の必要な患者を放置して死亡するリスクのほうが高い。ところが原発の避難計画には、病院の患者をどう扱うかという項目がなかった。

読売新聞の調べによれば、原発周辺の計画的避難区域にかかる12市町村で「災害関連死」と認定された死者は今年4月現在で657人で、福島県全体の86%を占めた。このうち原発周辺の双葉郡の死者は342人で、地震と津波による死者より88人多かった。原発の放射能による死者は1人も出ていないが、過剰避難による2次災害のほうがはるかに大きな犠牲をもたらしたのだ。

 これはチェルノブイリ原発事故についても指摘された事実である。原発の放射能による被害者は、消火にあたった作業員など60人程度だが、ソ連政府が周辺の広い地域に退去命令を出したため、20万人以上が家や職を失い、数千人の自殺者が出た。ロシア政府は「チェルノブイリ事故の教訓は社会的・精神的要因の重要性が十分に評価されなかったことである」と総括している。

 しかし政府は、この教訓に学んでいない。いまだに16万人が避難生活を強いられているが、政府は彼らがいつ帰宅できるのか、見通しも示さない。いまだに公式見解では、帰宅は「年間1ミリシーベルト以上の放射能汚染を除去してから」ということになっているが、被災地をすべて除染するには数兆円の経費と数十年の時間がかかる。

 放射線の被曝線量については、国際的に年間1ミリシーベルト以下に管理することをICRP(国際放射線防護委員会)が勧告し、日本の基準もこれに準じて決まっている。しかしこの線量は世界の自然放射線の年間平均2.4ミリシーベルトより低く、過剰規制だとの批判が強い。オックスフォード大学名誉教授のウェード・アリソン氏は、不適切な基準による過剰避難のために2次災害で多くの人命が失われたと指摘し、国際的な線量基準の見直しを呼びかけている。

 低線量被曝で癌になるリスクはゼロではないが、受動喫煙と同じぐらいの軽微なものだ。100ミリシーベルト以上の放射線を一挙に浴びると発癌率が上昇する場合があるが、年間の合計で同じ量を浴びても健康に影響はないというのが医学の常識である。毎時数十マイクロシーベルト程度の線量なら、あわてて避難するより屋内退避したほうがいい。放射線による癌が発生するのは平均25年後なので、高齢者のリスクはほとんどない。

 ところが放射線医学の専門家がこのような助言をすると、反原発派が「原発のリスクを過小評価する御用学者だ」と攻撃する。彼らは「原発は無限に危険だ」というドグマを守るために放射線のリスクを過大評価し、2次災害のリスクを無視するのだ。政府も「人命軽視だ」という批判を恐れて線量基準を見直そうとしないが、放射線で死ぬ人も過剰避難で死ぬ人も命の尊さは同じだ。

 ICRPの線量基準は「平時」の状態を想定したもので、多くの人々が避難生活を強いられるコストは考えていない。この勧告には強制力がないので、政府はこれ以上2次災害を拡大しないためにも、国の線量基準を見直して被災者の帰宅を進め、ICRPに基準の見直しを求めるべきだ。それが先進国で初めて大規模な原発事故を経験した日本が世界に伝えられる最大の教訓である。

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