温床と人脈、見えない糸口

2012年12月10日(月)17時17分
ふるまい よしこ

 習近平党総書記を中心とした新体制が誕生してからほぼ3週間が経った。11月末まではずっと、メディアを通じて党内でいろいろと地固めをしているらしい様子や各所での「講話」(中国では伝統的にその一言一言が政治指導者による「指示方針」とみなされる)が流れ、人々の前に姿は見せぬが「何かが起こりつつある」ことは伝えられていた。

 12月に入り、その起こっている「何か」が形になって人々の視野に入ってくるようになった。特に注目されているのは、習がその党総書記就任後に内外記者に向けて行った「就任演説」とみなされた「講話」の中で触れた、「特に一部党員幹部の中で起こっている汚職腐敗、形式主義、官僚主義などの問題については必ず、大きな気力を持ってして解決しなければならない」がそろそろ始まったかに見えること。

 メディア報道だけでも11月末からすでに広東省、四川省、重慶市、山東省、山西省、黒竜江省などで官吏が調査の対象になったり、罷免され、公表されたその人数もそろそろ二桁になろうとしている。6日午後には経済誌「財経」の副編集長が国産マイクロブログ「微博」の個人アカウントで、国家エネルギー局局長の「学歴詐称、巨額の不正融資、他者への脅迫」を証拠付きで中央紀律委員会に告発したと発表。ネットユーザーから「動かぬ証拠を持っている人は、今のうちに官吏を告発しよう!」という発言まで飛び出す、「百家争鳴」ムードすら生まれた。

 だが、まともな中国人にとって「百家争鳴」ムードは危険の合図だ。1956年に毛沢東が「百花斉放百家争鳴」(さまざまな花が咲くように、人々がさまざまに語り合う)をスローガンに呼びかけた運動は、その後ムードに動かされて中国共産党に意見した人々を粛清する反右派運動へとつながった。その歴史を知っていれば今だって調子に乗って告発などできるわけがない。習のスピーチとこの事態の関係が今後どう発展していくのか、人々は興味深く見守っているところだ。

 そこに、やはり「微博」で統一戦線部長の令計画(人名です)の妻、義弟などが事情聴取を受けているという情報が流れるにいたり、「すわ、やはり政権掌握後の権力闘争か?」という見方も出始めている。令は「胡錦濤派のゆりかご」とみなされている共産主義青年団の出身で党大会前には中央委員入りまで噂されていたが、息子が今春派手な自動車事故で亡くなったことがその使途だけではなく、胡錦濤による後任人事にも大きく影響したと言われている。最終的には中央委員入りはしなかったもののその地位は安泰か――と思われていた矢先の、身辺の汚職調査の噂。だがソーシャルメディア上での「噂」の後、メディアが一切報道していないので真相はまだ分からない。

 一方で「摘発」が明らかに進んでいるのは、すでに党籍も剥奪された薄煕来が春まで党委員会書記を務めていた重慶市界隈だ。薄の右腕だった王立軍・元同市公安局長によって当時握りつぶされた汚職などの証拠が水面上に浮上し、次々と「薄−王系列」に連なっていたとされる人物が次々と射落とされている。これと同時にメディアでは薄が進めてきた「重慶モデル」の検証も始まった。

 経済誌「新世紀」を発行するメディアグループ「財新」は、薄煕来主導下の重慶で薄らに追い詰められた人たちの弁護に関わった結果投獄された弁護士、李荘氏らを招いて、彼らの体験と見たものをもとに、「薄治世下の重慶モデル」に関するシンポジウムを開いている。そこでこの「重慶モデル」が、「自分の意に沿わない者を粛清」「計画経済時代への懐古ムードを利用」「公義よりも私欲」「法システムをトップダウン式に改変」「長期的発展ではなく短期的な人気取り」などを利用した「独裁体制」だったことを明らかにした。

 さらに、同誌のウェブサイトでは法学者の陳有西氏による論文が掲載され、王立軍がアメリカ領事館に政治庇護を求めて駆け込むという偶発的な事件がなければ、「重慶モデルは全国に推進されたかもしれない」ことの背景分析を行なっている。陳氏はそこで、重慶モデルがそれほどの支持を受けたのは、社会一般に「文化大革命に対する反省と清算の不足」「私有財産、民営企業への敵愾心」「法律システムすら左右する警察の強権力」「社会世論を煽動し、利用するポピュリズム」が存在しているからだ、と指摘する。

 確かにこれらは重慶市に限らず、中国全体に一般に見られる現象だ。それがそのまま温床となっているなら、薄煕来失脚後の今でもそれらが政治面ではっきりと批判、是正されていないという事実は、今後また何かのきっかけでこの重慶モデルのような「現代版文革」がむくむく頭をもたげてくる可能性を残している。これらの検証ではそのことを見据え、実は表向きは「重慶モデル」批判をしながら、実際には習近平新体制に向けて現社会体制の批判と新しい提言が盛り込まれている。

 同誌の胡叙立編集長も今週月曜日に発売された最新号で、「憲法によって規定された監督メカニズムと制度を具体化、実施すること」の重要性を指摘している。

「イギリスの『マグナ・カルタ』以来、憲政の真髄とは、公民の権利を権力のために『厳粛に回避させる』ドラや太鼓の役目ではなく、権力そのものの制約にあることを歴史は明らかにしてきた。習近平総書記は最近、中華民族復興の実現が最大の『チャイナ・ドリーム』だと語った。しっかりと憲法に基づいて執政を行うことがその世紀の夢を実現する唯一の方法であり、人々が麗しい生活を楽しむために剥奪されてはならない点であり、中国共産党の新指導部グループの奮闘目標のはず」

 ある意味、衆院選を前にしている我々にも考えさせられる言葉ではある。そんな中、中国で流れる「重慶モデル」派下野のニュースは、そんな理性的な人々の声に応えるものなのだろうか。

...などと考えていた矢先、前掲の令計画が事情聴取(中国では「双規」――「規定された時間に規定された場所で」という意味)の対象になった、という噂がマイクロブログで流れた。さらに別ルートからは、胡錦濤の膝下で薄煕来失脚の指揮を取ったはずの令自身が以前、薄煕来によって田舎官吏から抜擢された過去を持つ「薄人脈だった」という情報まで流れてきた。

 詳細はこれから明らかになっていくだろう。だが、少なくともここではっきりと言えるのは、中国の複雑極まる人脈分析はこれまで党大会前に語られてきたような単純さでは説明できないほど深い、ということのようだ。

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