しかし桂離宮に魅せられたドイツの建築家ブルーノ・タウトが、天心の上述の言葉を意識してか、「西洋は何と云っても東洋を理解し得ないということであるが」、それは政治や貿易の抗争に起因するもので、「真に理解しようとするならその方法はもちろんいくらでもある」と述べている(『日本文化私観』1936年)ことを想起すれば、あくまで自信をもって努力を続けるべきことは明らかだ。
筆者がライデン大学の学生のひとことにどれほど勇気づけられたかはご推察頂けるであろう。
それでは何をすべきか。外国人に有形・無形の世界遺産のみならず、日本人の毎日の季節の挨拶から年中行事に至るさまざまな「生活文化」に浸ってもらうことが重要なことはいうまでもない。体験と対面の対話なくして真の異文化理解は不可能だ。
その意味で本特集の編集を担われた佐伯順子教授が巻頭言で示唆しておられるように、この特集のタイトルになっている日本文化の「発信」が、単にいま流行のSNSに流すだけでよいという意味で社会に受け取られるなら、それだけでは十分とは言えない。
しかし同時に最新のITがつくる音や映像、ストーリーが与えるインパクトを無視すべきではない。その点で刺激を受けたのが、京都の国際日本文化研究センター副所長フレデリック・クレインス氏の「サムライ」文化に関する論考である。
サムライは新渡戸稲造の『武士道』以来、多くの書物や映画によって名誉と忠誠心を重んじ、切腹も辞さない集団というイメージが発展してきた。しかしそれらは歌や茶道の発展という武家社会の重要な文化的役割には触れていない。
それが2024年のエミー賞最優秀ドラマシリーズ賞を受賞した「SHOGUN 将軍」によって大きな前進を遂げ、文化的要素が商業的にも成功し得ることが証明されたという。
クレインス教授は、これからの日本文化の「伝達」(彼も「発信」の用語は避けている)に当たっては、新たな題材を探すよりこうした身近な対象の奥深さを描く方法論が必要と述べる。
以上が示唆するのは、海外の日本文化への関心の高まりの奥に、近代合理主義のマイナスの側面に対する欧米人の密かな反省があるとすれば、日本の伝統文化の思想の価値に自信をもち、一層積極的に機会を探し、掴んでいくという姿勢を官民でもてということではないだろうか。
近藤誠一(Seiichi Kondo)
東京大学卒業後、1972年外務省入省。ユネスコ日本政府代表部大使、駐デンマーク大使を経て、2010~2013年文化庁長官。退官後は東大、同志社大などで教鞭をとり、現在国際ファッション専門職大学学長、人文知応援フォーラム代表理事、TAKUMI-Art du Japon代表理事などを務める。『近藤誠一全集』I~IX(かまくら春秋社)など著書・論文多数。
『アステイオン』103号
公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会[編]
CEメディアハウス[刊]
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