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日本文化

日本文化はマンガやサムライを超えている...元文化庁長官がオランダの学生に勇気づけられた「ある一言」とは?

2026年01月21日(水)11時00分
近藤誠一(元文化庁長官、国際ファッション専門職大学学長)

自然との一体感に関しては、美の源は自然にあり、それは花が真っ盛りのときの完成された美だけではなく、つぼみや枯れたあとの老木にも、かけがえのない「命」のつながりの一部としての美を見るという池坊専好次期家元の言葉が印象的だ。それは儚(はかな)さをものごとの本質と見る無常観に通じる。

そしてそれと表裏をなすのが「間」の意味の深さだ。故千玄室大宗匠は、お茶の点前のときには「静けさと間合い」の中に思いやりが宿る。それはコーヒーを出すときには全く感じられぬ日本文化の「核心」だと断言される。

一椀のお茶は、その小さな容器に広大な宇宙観を秘め、緑の茶は地球の自然を表しているという時空を超えた壮大な構想を提示される。精神性や自己研鑽についてもお茶とお花の双方において重要な軸となっていることがこのお二人によって明確に表された。

また作曲家の桑原ゆう氏は、日本音楽における「音」がもつ意味は西洋音楽とは全く異なると述べる。ひとつひとつの音は単に演奏者の行為がもたらす結果だけでなく、それぞれの音の「振る舞い」が他の音や周囲の空間に影響を及ぼしつつ音楽になるという。

音を独立したものと捉えずに、他の音との関係性を重視するということは、雅楽の笙(しょう)がメロディーより和音を重視することとつながり、日本人の宇宙観に通じる発想と言えよう。

「グリッサンド」(音を滑るように移行させていく奏法)は、単に最初の音から、目的地としての最後の音までをつなぐことに意味があるのではなく、その「あいだ」の瞬間の連続にこそ意味があるという。

それは能や茶道に見られる、「間」(ま)や「あわい」を意識するという日本文化の中核をなす発想であり、どこか量子力学にも通ずる。

日本文化の価値を海外に届けるには

日本文化の真髄であるこれらの要素を、その対極にある近代合理主義、とり分け主客二元論や個人主義、成長至上主義、普遍性という概念の信仰にどっぷり漬かっている欧米文明の人々にどうすれば分かってもらえるのだろうか。

岡倉天心は「いつになったら西洋が東洋を了解するであろう、否、了解しようと努めるであろう」と言って、彼らの思い込みの強さを嘆いている(『茶の本』1906年)。

それは(一社)TAKUMI-Art du Japonを立ち上げて伝統工藝の魅力と価値を国内外に正面から説明し続けながら、目に見える成果に到達できない苛立たしさをもつ筆者が日々感じるところでもある。

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