コラム

フランスに「極右」の大統領が誕生する日

2017年03月13日(月)16時15分

「国民戦線」(FN)のマリーヌ・ルペン党首 Christian Hartmann-REUTERS

<フランスの既成政党やエリートに対する、大衆の不信は根深い。そうした声を代弁するポピュリスト政党として、マリーヌ・ルペンの国民戦線は、もはや単なる「極右」政党の域を脱するところまで成長している...>

4月23日と5月7日に予定されている大統領選挙を前に、フランスの政治は今、混迷を深めている。かつて大統領を輩出した左右両派の既成政党の候補が低迷に喘ぐなかで、極右とされる国民戦線(FN)のマリーヌ・ルペン候補が、いよいよ大統領になるのではないかという予想が現実味を帯びてきているのだ。

ルペン候補が党首を務める国民戦線は、前回2012年の大統領選挙で17.90%という、それまでの党の歴史における最高得票率を記録したのちも、2014年の欧州議会選挙や2015年の県議会選挙と州議会選挙で、それぞれ24.86%、25.24%、27.73%と、4分の1を上回る得票率を得て、躍進を続けている。

この躍進をさらに勢いづけたのが、いうまでもなく、アメリカにおけるトランプ大統領選出とイギリスの国民投票におけるEU離脱派の勝利だ。今や、おおかたの世間の関心は、こうした反グローバル、ナショナル・ポピュリズムの波が、新大陸から大西洋を越えて旧大陸へ、大ブリテン島からドーバー海峡を越えてヨーロッパ大陸を席巻していくのかということにある。

そうとでもなれば、これまでにヨーロッパで積み上げられてきた統合の流れが止まるどころか、逆流が生じる。3歩進んで2歩下がる、を繰り返しながらも、少しずつ着実に統合の拡大と深化を進めてきた欧州統合が、逆転を始めるのではないか、との恐れすら出てきている。

実際、ルペンが2月初旬に公表した大統領選挙公約では、144項目の筆頭にEU離脱を掲げ、通貨主権、立法主権、領土主権、経済主権の回復のため、EU諸国との交渉の後、EU離脱を問う国民投票を実施するとしている。ユーロからの脱退は、既に2012年大統領選挙の時点で公約に掲げていたが、今回の公約ではいよいよEU離脱にまで踏み込んだ。

しかも、今のEUに代えて、「独立した国民国家のヨーロッパ」を目指すという。この概念は、かつてドゴールが主唱していた「祖国のヨーロッパ」と重なる。超国家的な統合ではなく、主権国家の存在を大前提とした政府間協力による国家連合を志向していたドゴールの考え方は、もはやドゴールの後継者たちからも顧みられることはないが、ルペンはすっかりドゴールのお株を奪い、ドゴール以前の時代に戻ろうと言わんばかりである。

「脱悪魔化」

国民戦線は、1972年の立党からしばらくは泡沫政党に過ぎなかったが、1980年代半ばころから反EUと反移民を党の旗頭にし、主張の中心に据えるようになってから、党勢の拡大が始まった。その一つの頂点が、2002年の大統領選挙であった。この時の党首、ジャンマリ・ルペン(マリーヌ・ルペンの父)は、第1回投票で社会党のジョスパン候補を僅差で抑えて第2位につけ、第2回投票に進んだ。その決選投票ではシラク候補に大きく差を付けられ敗れはしたが、17.79%、552万票を獲得するという底力を見せつけた。

その後一時低迷の時期を経て、娘のマリーヌ・ルペンが2011年に第2代党首になって以降、国民戦線は党のイメージを刷新し、新たな躍進を見せることになる。マリーヌ・ルペンは、党内の強硬派を排除して、国民戦線をそれまでの偏狭な極右政党から、国民の広い支持を集めるポピュリスト政党へと脱皮させることに成功する。これにより、それまで支持者の少なかった若者や女性なども含め、じわじわと支持層が広がっていった。

プロフィール

山田文比古

名古屋外国語大学名誉教授。専門は、フランス政治外交論、現代外交論。30年近くに及ぶ外務省勤務を経て、2008年より2019年まで東京外国語大学教授。外務省では長くフランスとヨーロッパを担当(欧州局西欧第一課長、在フランス大使館公使など)。主著に、『フランスの外交力』(集英社新書、2005年)、『外交とは何か』(法律文化社、2015年)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米航空管制システム刷新にRTXとIBM選定の可能性

ビジネス

午前の日経平均は続伸、米株の底堅さ好感 個別物色が

ビジネス

中国CATL、5月に香港市場に上場へ=関係筋

ワールド

米上院、トランプ関税阻止決議案を否決 共和党の造反
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 2
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 3
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    中居正広事件は「ポジティブ」な空気が生んだ...誰も…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story