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トルコ

クルド停戦はなぜ突然動き始めたのか?...「唐突な和解ムード」の背景からエルドアンがちらり

Erdogan’s Olive Branch

2025年3月11日(火)13時27分
スピロス・ソフォス(サイモン・フレーザー大学〔カナダ〕助教)
PKK指導者オジャラン

獄中のPKK指導者オジャラン(写真の人物)が、組織の武装解除と解散を呼びかけた背景には政権側の都合が SERTAC KAYARーREUTERS

<分離独立を求めてきたPKKが停戦を宣言。エルドアンの「野心」について>

イスラム教スンニ派が多数を占めるトルコでラマダン(断食月)が始まった3月1日、武装組織クルド労働者党(PKK)が停戦を発表した。

トルコからの分離独立を目指して武力闘争を繰り広げ、同国政府などがテロ組織に指定するPKKの停戦宣言は、獄中の指導者アブドラ・オジャランが2月27日に、武装解除と組織の解散を呼びかけたことを受けたものだ。


トルコの少数民族クルド人が祝う3月20日のノウルーズ(イラン暦の元日)を前に、突然の決断をしたと思うかもしれない。だがレジェップ・タイップ・エルドアン大統領の下、政権側とクルド人側は数カ月間、交渉を続けていた。

長引く対立のなか、エルドアンが示したクルド人政治勢力への接近は重大な路線転換を意味する。1月初旬、エルドアンは与党・公正発展党(AKP)の地方大会での演説で、トルコ人とクルド人の団結と共通の歴史を強調した。

こうした発言は、クルド人との関係再構築への意欲を示しているだけではない。より広範な政治的妥協の可能性をうかがわせる。

与党連合に加わる極右政党・民族主義者行動党(MHP)のデブレト・バフチェリ党首も、エルドアンの路線転換と注意深く足並みをそろえている。バフチェリは昨年10月、オジャランがPKK非武装化を表明した場合、釈放すべきだと提案していた。

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エルドアンは野党の不安定化とクルド人の支持の取り込みを狙う CAGLA GURDOGANーREUTERS

エルドアンがクルド問題の解決を目指すのは、今回が初めてではない。2009年には、対話による対立の終結を目指す「クルド・オープニング」に乗り出した。同様の取り組みは08~11年、13~15年にも実施されている。

とはいえ、いずれも最終的には失敗した。政治的見解の不一致や同盟関係の変化、独裁傾向を加速させたエルドアンの統治姿勢が原因だった。

当時と同じく、今回の動きも損得勘定に基づいている。クルド問題へのエルドアンの新たな関心は、和平への情熱というより、政治的必要性に突き動かされた結果のようだ。

国内政治において、AKPはMHPとの連合への依存を強めている。おかげでエルドアンは23年大統領選で3選を果たしたものの、昨年の統一地方選では、各地の主要都市で野党候補が勝利。その躍進を支えたのが、クルド系の人民平等民主党(DEM)だ。

今回、PKKの停戦宣言に結実した流れは、トルコ政治を大きく再編成するだろう。

クルド人の民族運動とより幅広く向き合うことで、エルドアンは野党連合の不安定化を狙っている。野党をつなぐのは「反エルドアン」の一点だけ。DEMの暗黙の支援と同党支持者のクルド人有権者なしには、政界での地位を保つこともできない。

和平の行方はまだ不透明

新たな対話を開始し、DEMを特権的な交渉相手に据えることは、エルドアンに有利に働くかもしれない。クルド人の野党離れを実現し、改憲への支持を取り付ければ、大統領任期の延長も視野に入るだろう。トルコ議会(議員定数600)で57議席を保有するDEMは、キャスチングボートを握りかねない存在だ。

エルドアンの歩み寄りは、地域的にも重要な意味を持つ。シリアやイラクで「テロ対策」とうたって軍事活動を展開するトルコは、一帯のクルド人勢力と緊張関係にある。一方、イラクのクルド自治政府とは関係を強化しており、エルドアンの現実主義的アプローチは明確だ。

国内のクルド問題に取り組むことで、エルドアンは周辺地域への影響力を強化できるだろう。シリア北部を支配下に置くクルド人組織、民主連合党(PYD)とも協力関係にこぎ着け、イラクとシリアの双方で安定をもたらす存在と見なされ得るかもしれない。

ただし、新たな和平プロセスの行方は極めて不透明なままだ。過去の交渉は、クルド人の政治的自治や文化的権利、権限分割をめぐる問題が未解決なために決裂した。AKPは武装解除にこだわり、クルド人のより広範な政治的要求に向き合わなかった。

クルド人政治勢力の内部分裂も複雑化の要因だ。オジャランの影響力は今も強いが、政治的保証なしの妥協に抵抗する向きもあるだろう。さらに、バフチェリの提案とは裏腹に、MHPは和解の取り組みにおしなべて懐疑的だ。

ノウルーズが近づくなか、対話が新たな段階に入る可能性はある。真の和解が生まれるか、権力固めを狙った政治的戦略として機能するだけなのかは、クルド人の自治と文化的認知の要求に対するエルドアンの姿勢次第だ。

歴史が繰り返すならば、現在の交渉に参加するクルド系政党や市民社会組織は、エルドアンにとって用済みになった途端、再び切り捨てられかねない。クルド問題は当面、トルコ政治にとって最も重大で危うい断層線の1つだ。

恒久的な和平が近づいているのか、弾圧と衝突が繰り返されるのか。全ては、今後数カ月間の出来事で決まる。

The Conversation

Spyros A. Sofos, Assistant Professor in Global Humanities, Simon Fraser University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

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