最新記事

北朝鮮

金正恩の最側近を堕落に導いた「二女」と「快楽」の罠

2020年10月6日(火)15時10分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

金正恩は横暴な独裁者だが、父・金正日のような醜聞は聞こえてこない KCNA-REUTERS

<朝鮮人民軍での金正恩の後見人と目されていた李英浩は、2012年7月にすべての党の役職と同時に軍総参謀長を解任された>

北朝鮮の金正恩党委員長は近年、朝鮮労働党や朝鮮人民軍、政府高官の大幅な入れ替えを行ってきた。2011年12月に死亡した父・金正日総書記から政権の座を継承した時と比べると、金正恩氏を取り巻く側近たちの顔触れはガラリと変わっている。

朝鮮中央通信は2日、金正恩氏が豪雨による災害復旧現場を視察したことを報じたが、複数の同行者のうち、筆頭に名前が挙げられたのは朴正天(パク・チョンチョン)軍総参謀長だ。金正恩氏の権力継承時には、影も形も見えなかった人物である。

その逆に、金正恩時代を代表する軍人になると見られていた軍高官は早々と姿を消した。李英浩(リ・ヨンホ)元軍総参謀長である。

軍における金正恩氏の後見人と目されていた李英浩氏は、2012年7月15日、党政治局会議において政治局常務委員、中央軍事委員会副委員長などすべての党の役職から解任され、同時に総参謀長の職も解任された。病気が理由とされたが、軍内の利権争いや、金正恩体制下での他の側近たちとの主導権争いに敗れたなどと、様々な説が飛び交った。

その中でも異色の説を唱えているのが、脱北者で韓国紙・東亜日報記者のチュ・ソンハ氏だ。同氏が自身のブログで解説しているところによれば、李英浩氏が転落するきっかけを作ったのは彼の二女だった。

二女は長らく、ひどい腰痛に悩まされていたという。どのような治療を受けても改善せず、伝統医学を操る放浪の医者の評判を聞き、彼を呼び寄せた。この医者の治療を受け、二女の症状は劇的に改善した。しかし実のところ、この医者は覚せい剤を用いて痛みを消しただけだった。

チュ・ソンハ氏によれば、北朝鮮には覚せい剤を武器に、富裕層の女性に食い込もうとするこの手の輩が少なくないのだという。

<参考記事:コンドーム着用はゼロ...「売春」と「薬物」で破滅する北朝鮮の女性たち

そうとは知らない二女は大喜びし、この医者を実家にまで紹介した。当時、李英浩氏は軍内で嘱望されていた二女の婿(大佐)を誰よりも可愛がっていたという。それもあったのか、同氏の一家はこの医者を無警戒に受け入れ、軍傘下の研究所の所長ポストまで与え、覚せい剤による快楽と、その密売ビジネスにのめりこんだ。

そして、李英浩氏の専属運転手が現行犯逮捕されたことで、一連の不祥事が発覚。同氏の権勢を快く思っていなかったライバルたちの追い落としに遭い、失脚に至ったとのことだ。

それでも、金正恩氏の信頼が厚かった李英浩氏は処刑を免れ、2015年には軍に復帰したというのがチュ・ソンハ氏の解説だ。

北朝鮮高官の多くは、この手の醜聞を大なり小なり抱えてきたと言われる。それを許したのが、異性関係の乱れていた金正日総書記の振る舞いだったとも言われる。他方、金正恩氏は横暴で残忍な独裁者だが、父のような醜聞は、具体的に聞こえてくるものがない。

ならば、金正恩時代の高官たちは、指導者にならい、多少は素行がマシになっているのだろうか。

<参考記事:女性芸能人らを「失禁」させた金正恩の残酷ショー

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg



今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

S&P中国製造業PMI、7月は49.5に低下 輸出

ビジネス

丸紅、25年4─6月期は8.3%最終増益 食品マー

ビジネス

マクロスコープ:ディープシーク衝撃から半年、専門家

ビジネス

マクロスコープ:ディープシーク衝撃から半年、専門家
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 2
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 3
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから送られてきた「悪夢の光景」に女性戦慄 「這いずり回る姿に衝撃...」
  • 4
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 5
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 6
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 7
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 8
    【クイズ】2010~20年にかけて、キリスト教徒が「多…
  • 9
    街中に濁流がなだれ込む...30人以上の死者を出した中…
  • 10
    50歳を過ぎた女は「全員おばあさん」?...これこそが…
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 3
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 4
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 5
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心…
  • 6
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 7
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 8
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 9
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 10
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 7
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中