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ロシアの脅威と北欧のチャイナ・リスク──試練の中のスウェーデン(下)

2020年7月13日(月)16時20分
清水 謙(立教大学法学部助教) ※アステイオン92より転載

中国の李克強首相とスウェーデンのステーファン・ルヴェーン首相(2015年) Feng Li-REUTERS


<ヨーロッパにおけるロシアの勢力拡大、民主主義の脆弱性を突いてくる中国は、東・西や保守・革新といった従来の対立軸とは異なる問題をあぶり出している。論壇誌「アステイオン」92号は「世界を覆うまだら状の秩序」特集。同特集の論考「変わりゆく世界秩序のメルクマール――試練の中のスウェーデン」を3回に分けて全文転載する>

※第1回:スウェーデンはユートピアなのか?──試練の中のスウェーデン(上)
※第2回:保守思想が力を増すスウェーデン──試練の中のスウェーデン(中)より続く。

再認識されるロシアの脅威

このように、スウェーデンでは史上空前の政治空白によって、国内政治は大きな混乱をみたが、スウェーデンを取り巻く国際環境もまた引き続き不安定なものとなっている。日本とスウェーデンとの関係では経済関係がクローズアップされがちだが、両国間には外交と安全保障の分野においても共通する課題は少なくない。スウェーデンにとっての最大の脅威はロシアであるが、昨年二〇一九年からはチャイナ・リスクも大きく取り沙汰されるようになっている。

一九八〇年代に頻発した「国籍不明」(その多くがソ連のものと考えられている)の潜水艦による領海侵犯事件に代表されるように、ソ連からの軍事的脅威への対処は喫緊の課題であった。これは、日本政府が海上警備行動を発令して対処した二〇〇四年一一月の中国海軍の漢級原子力潜水艦による領海侵犯にも通ずる。スウェーデンも手をこまねいたわけではなく、領海を侵犯する潜水艦には武力行使を伴う手段を採ってきた。特に一九八二年一〇月に発生した「ホシュフィヤーデン湾事件」では、追跡中の潜水艦に多数の爆雷と機雷を投下して撃沈の意図を持って強硬な手段に出たほどである。

同時に、指摘しておかなければならない重要な視点として、スウェーデンは「重武装中立」を標榜しながらも、実際には裏で軍部の主導によって西側との密接な軍事協力関係を構築しており、実質的にNATOのバルト海戦略を担っていたことにも留意しなければならない。

冷戦の終焉とソ連の崩壊は、スウェーデンにとっては新たな平和の時代の幕開けであった。二〇〇三年の国防省報告書と、それを基に策定された安全保障諮問会議の二〇〇四年国防決定では、ロシアとの協力関係が深まっていることからスウェーデンに対する武力行使の危険性は薄らいでいるとの分析がなされ、防衛力削減として二〇〇五年には戦略上の要所ゴットランド島の軍事基地などが閉鎖されていった。これ以降、スウェーデンの安全保障はテロ対策などに重点を置くこととなり、財政難もあって二〇一〇年には重武装の象徴であった徴兵制も廃止された。

しかし、この状況を一変させたのが、二〇一四年のウクライナ危機とクリミア危機であった。これによって、ロシアの軍事的脅威が現実的なものとして再認識されたのである。ロシアの軍事的脅威を過小評価している間に掲げられたEUとの「連帯宣言」(二〇〇九年)も大きな問題となった。スウェーデンはリスボン条約に則って、EU加盟国とノルウェー、アイスランドと民・軍双方の領域で集団的自衛権のような相互的支援を掲げていたが、いざロシアの脅威を目の当たりにして、有事となれば自国の防衛と他国との連帯のどちらを優先させるのかという切実な問題が浮上した。

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