最新記事

コロンビア大学特別講義

韓国と日本で「慰安婦問題」への政府の対応が変化していった理由

2019年8月8日(木)16時15分
キャロル・グラック(米コロンビア大学教授)

慰安婦問題について記者会見を行う韓国の康京和(カン・ギョンファ)外相(2018年) JUNG Yeon-Je-Pool- REUTERS

<90年代に入り、慰安婦問題が日本と韓国、世界で大きな意味を持つようになった背景には何があるのか。キャロル・グラック教授が米コロンビア大学の学生たちとの対話を通してあぶり出す>

日本近現代史を専門とする米コロンビア大学のキャロル・グラック教授(歴史学)。新著『戦争の記憶 コロンビア大学特別講義―学生との対話―』(講談社現代新書)には、グラック教授がコロンビア大学で多様な学生たちと「戦争の記憶」について対話をした全4回の講義と、書きおろしコラムが収録されている。

本書の元となったのはニューズウィーク日本版の企画で、学生たちとの対話は2017年11月から2018年2月にかけ、ニューヨークの同大学にて行われた。本誌では「戦争の物語」「戦争の記憶」「『慰安婦』の記憶」そして「歴史への責任」と、全4回の特集として掲載し、大きな反響を呼んだ。
gluckbook190806ch3-cover_.jpg
ここでは3回目の講義、「慰安婦の記憶」を、『戦争の記憶 コロンビア大学特別講義―学生との対話―』から3回にわたって全文掲載。

最終回となる今回は、「慰安婦問題」が日本で、韓国で、世界で大きな意味を持つようになった背景に迫る。

※第1回はこちら:「慰安婦」はいかに共通の記憶になったか、各国学生は何を知っているか
※第2回はこちら:韓国政府が無視していた慰安婦問題を顕在化させたのは「記憶の活動家」たち

◇ ◇ ◇

日本と韓国 政府の対応の変化

グラック教授 さて、ここまで民間の領域と個人の記憶の中で、慰安婦の記憶がどのように変化してきたかについて話してきました。ではこの間、オフィシャルの領域では何が起きていたでしょう。政府は何をしていたでしょうか。

ディラン 韓国政府は、この問題に便乗しているだけのような気がします。韓国政府の場合は、慰安婦問題が既に公になった時点で、自分たちの目的のために利用できると考えたのではないでしょうか。一方で日本政府の場合は、この問題に便乗せず、軽視しようとしているように思います。

グラック教授 興味深いことに、韓国政府は金大中大統領が1990年代末に慰安婦に補償すると言うまではあまり「便乗」しませんでした。韓国人元慰安婦が、「韓国政府は私たちのために何もしてくれていない!」と言っていた時期もありました。

日本の1990年代はというと、1993年には河野談話が発表され、1995年には村山談話が出て補償などを目的とした財団法人「女性のためのアジア平和国民基金」が設立されたりと、オフィシャルの領域でこの問題に対応する動きがありました。1997年からは日本の中学校で使われる歴史教科書に、慰安婦について記述されることになりましたが、現在はほとんど削除されています。ではもっと最近は、日本政府はどういう立場を取っているでしょうか。

ニック 日本政府は、公式にはこの問題は解決済みと言っていますが、非公式には保守政権が強制性を認めていないようです。

グラック教授 河野談話は強制性を認めていましたが、現在の安倍晋三政権は強制性を疑問視しています。一方で韓国政府は2011年から、慰安婦問題に大きく便乗してきました。日本の場合も韓国の場合も、その背景にあるのは国内政治です。戦後60周年の2005年には、ほとんどの政治家が慰安婦については発言していなかったのに、戦後70周年の2015年には慰安婦問題が支配的な論点になっていました。その理由を掘り下げていかなければなりませんね。

少し話を戻しましょう。オフィシャルな領域というのは自発的に動いているというよりは何かに「反応」しているものなのですが、何に反応しているのかが重要です。日本政府が強制性を否定するとき、それはどのような反応を生むと思いますか。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

インド製造業PMI、6月は14カ月ぶり高水準 輸出

ワールド

マスク氏企業への補助金削減、DOGEが検討すべき=

ビジネス

消費者心理1.7ポイント改善、判断引き上げ コメ値

ビジネス

仏ルノー、上期112億ドルのノンキャッシュ損失計上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 3
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とんでもないモノ」に仰天
  • 4
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    「パイロットとCAが...」暴露動画が示した「機内での…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    顧客の経営課題に寄り添う──「経営のプロ」の視点を…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中