最新記事

シリア情勢

ロシア・シリア軍の「蛮行」、アメリカの「奇行」

2016年10月5日(水)17時20分
青山弘之(東京外国語大学教授)

 対する米国は、ロシアがアレッポ市への人道支援を妨害し、合意に違反したと反論した。また、停戦崩壊直後にアレッポ市郊外のアウラム・クブラー村でシリア赤新月社と国連の人道支援チームの車列と施設が攻撃を受けると、ロシアに責任がある(ロシア軍が空爆したとは断定していない)と非難した。しかし、ロシア側が人道支援物資の搬入を認めていなかったとしたら、アウラム・クブラー村にそもそも車列が存在するはずもなく、米国の批判は明らかに自己矛盾をきたしていた。

 しかも、こうした非難の応酬以前の話として、停戦は「テロとの戦い」という戦闘行為を同時並行で進めることが前提となっていた点で「ミッション・インポッシブル」だった。なぜなら、共闘関係にある「穏健な反体制派」と「テロ組織」を峻別することなど、そもそも不可能だったからだ。

 この問題に関して、停戦プロセスの根拠となっている安保理決議第2254号(2015年12月18日)は、米露、サウジアラビア、イラン、トルコなどからなるISSG(国際シリア支援グループ)の総意に基づいて「テロとの戦い」の標的を確定すると定めている。だが、9月の米露による停戦合意では、こうした「玉虫色」の表現から一歩踏み込み、米国がこの峻別を行うことが決定された。つまり、米国は「ミッション・インポッシブル」を科せられたことで、ロシアの術中に嵌り、停戦崩壊の責任を負わされたのである。

停戦が崩壊し、アレッポ東部の被害は甚大に

 これに抗うため、米国はロシア・シリア両軍の攻撃の「非道」を指弾し、アレッポ市東部にある病院や水道供給施設などのインフラへの攻撃が続けば、停戦プロセスにかかわるロシアとのチャンネルを絶つと主張、10月3日にこれを実行した。

 WHO(世界保健機構)の発表(9月30日)によると、アレッポ市東部では停戦が崩壊した9月19日以降、338人(うち106人が児童)が死亡、846人(うち261人が児童)が負傷しており、同地の被害は筆舌に尽くしがたい。本来であれば、こうした人道危機は、欧米諸国の世論を刺激し、各国政府に何らかの行動を促していたはずである。だが、米国も、EU諸国、サウジアラビア、トルコ、カタールも、実効的な打開策を打とうはしなかった。

 とりわけ、トルコは、以前であれば、武器、資金、兵力の増強を画策し、「反体制派」の反転攻勢を後押した。だが、アレッポ県北部からYPGとイスラーム国を掃討するための進攻作戦を黙認することをロシアに暗に求めるかのように、アレッポ市東部の戦況への不関与を貫いた。

【参考記事】トルコのクーデータ未遂事件後、「シリア内戦」の潮目が変わった

 こうしたなか、米国に残された抵抗手段は、ロシア・シリア両軍が交戦する「反体制派」の活動を阻害しないことぐらいだった。そのためもっとも効率的な策が、停戦の破綻を受け入れ、「穏健な反体制派」と「テロ組織」の峻別という課題を放棄することだった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

プーチン氏、ロは「張り子の虎」に反発 欧州が挑発な

ワールド

プーチン氏「原発周辺への攻撃」を非難、ウクライナ原

ワールド

西側との対立、冷戦でなく「激しい」戦い ロシア外務

ワールド

スウェーデン首相、ウクライナ大統領と戦闘機供与巡り
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
2025年10月 7日号(9/30発売)

投手復帰のシーズンもプレーオフに進出。二刀流の復活劇をアメリカはどう見たか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 2
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 3
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最悪」の下落リスク
  • 4
    「人類の起源」の定説が覆る大発見...100万年前の頭…
  • 5
    イスラエルのおぞましい野望「ガザ再編」は「1本の論…
  • 6
    「元は恐竜だったのにね...」行動が「完全に人間化」…
  • 7
    1日1000人が「ミリオネア」に...でも豪邸もヨットも…
  • 8
    女性兵士、花魁、ふんどし男......中国映画「731」が…
  • 9
    AI就職氷河期が米Z世代を直撃している
  • 10
    【クイズ】1位はアメリカ...世界で2番目に「航空機・…
  • 1
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 2
    トイレの外に「覗き魔」がいる...娘の訴えに家を飛び出した父親が見つけた「犯人の正体」にSNS爆笑
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    ウクライナにドローンを送り込むのはロシアだけでは…
  • 5
    こんな場面は子連れ客に気をつかうべき! 母親が「怒…
  • 6
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
  • 7
    【クイズ】世界で1番「がん」になる人の割合が高い国…
  • 8
    高校アメフトの試合中に「あまりに悪質なプレー」...…
  • 9
    虫刺されに見える? 足首の「謎の灰色の傷」の中から…
  • 10
    琥珀に閉じ込められた「昆虫の化石」を大量発見...1…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 4
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 5
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 6
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 9
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 10
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中