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デジタル化は雇用を奪うのか、雇用を生むのか──「プロトタイプシティ」対談から

2020年8月13日(木)06時55分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

伊藤 これはまさに今、注目されている議論です。世界銀行の報告書『製造業主導型の開発の未来(Trouble in the Making? The Future of Manufacturing-Led Development)』(二〇一七年)でも取りあげられているのですが、まだ地に足がついた議論にはなっていない、というのが率直な感想です。というのは、3Dプリンターの普及によって、製造業が新興国に回帰するのではないかといった、現状はまだ存在しない、新たな技術が"もし"うまく発展したならば、こうなるかもしれない......といった推測が多分に含まれているためです。もう少し現実が進まなければ、研究レベルで分析することは難しいでしょう。

ただし、重要な論点であることは確かです。デジタル化が新興国にもたらす影響について重要なポイントは二点あると考えています。

第一に、キャッチアップ型工業化は続くのか、です。労働コストの高騰にともなって、工業が新興国へと移転していく。バトンを渡されるかのように、新興国が工業化を続けていくのがキャッチアップ型工業化論です。デジタル経済でも同じ図式になるのかどうか、これは重要な問題です。

安価な労働力が製造業では重要だったわけですが、デジタル産業では高い能力を持った希少な人材の確保が重要となりますし、そもそも、モノではなく一瞬で移動可能なデジタルデータを扱っているケースも多いので地理的な制約が製造業よりは少ない。先進国の人件費が高いからといって、では拠点を新興国に移していくかと言われると、おそらく違う形になるでしょう。むしろ、知の集積、イケている都市に高度人材が集まり続ける状況は十分にありえます。となると、キャッチアップ型工業化の時代のようには、発展のバトンが新興国には回ってこない、リードした地域が永遠にその座を保ち続けることも考えられるわけです。

第二に、デジタル産業が生み出す雇用の少なさです。いわゆるICT(情報通信技術)セクターが生み出す雇用はきわめて少ない。フェイスブックは四・四万人の従業員を持っています。多いように思われるかもしれませんが、二六億人のユーザーに提供する企業だと考えれば、生み出す雇用はきわめて少ない。多数の雇用を生み出す工業化は、新興国の成長にとっては大きな力になったわけですが、デジタル産業にそれは可能なのだろうか、と危惧(きぐ)されているわけです。

加えて、AIの発展によって雇用はさらに打撃を受ける可能性が指摘されています。英国オックスフォード大学のマイケル・オズボーン准教授とカール・ベネディクト・フレイ博士は、今後の技術発展によってどれだけの雇用が機械で代替されるかの研究で知られています。彼らは今後、一〇~二〇年で米国では労働人口の四七%が機械で代替可能、と結論づけています。日本についても、野村総合研究所との共同研究を行い、米国よりもやや高い四九%が代替可能と試算しています。

彼らの推計が妥当かどうかについては反論もあり、どれほどの精度で予測できているのか判断は難しいところがありますが、少なくとも、先進国ではAIによる労働の代替、つまり悪い言い方をすれば雇用の縮小、良い言い方をすれば人手不足解消に関する研究が進んでいることは事実です。ところが、AIが新興国の労働市場に与える影響については、まだ検討の途上です。

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