最新記事
坂本龍一

この物語を伝えられる作曲家は、坂本龍一しかいない──私を抱き締めて感謝を伝えた「私のヒーロー」

A TRUE HERO

2023年4月14日(金)14時15分
アンドリュー・レビタス(『MINAMATA─ミナマタ─』監督)
坂本龍一

環境問題や平和運動など社会的な発言も積極的に続けた(2014年5月、ニューヨークのイベントで) ROBERT NICKELSBERG/GETTY IMAGES

<寛大さと思いやりに満ち有言実行を貫く、本物の市民だったマエストロ坂本。映画『MINAMATA─ミナマタ─』の監督が語る思い出>

坂本龍一は、私がアーティストになってからずっとヒーローだった。彼の創作活動の優雅な輝きだけが理由ではない。自分が最も信じる人々や理想を情熱的に支援するために、時間とエネルギーを使うことを彼が選択してきたからだ。

有名人も政治家もソーシャルメディアに投稿する市民も、世間体のために道徳的な振る舞いをするこの世界で、口先だけでなく本当に実行する人はごく限られていることを、私は痛感している。

「マエストロ」こそ本物の市民であり、彼は信念を持って有言実行を貫いた。

映画『MINAMATA─ミナマタ─』の編集初期のファーストカットが仕上がると、私はニューヨークで龍一に見てもらう機会をつくった。

プロジェクトを立ち上げたときから、物語のニュアンスやそこに住む人々について、この映画が地元や世界に与える影響について、この映画が変えることのできる政策について、深く理解して責任を果たすことができる作曲家は坂本氏しかいないと、私は心から信じていた。

過去(と現在)の患者と被害者(と彼らの家族)に敬意を表し、水俣の物語を全く知らなかった人々にも感動を与え、行動を起こさせるような形で、心の奥底まで手を伸ばして揺さぶることができる作曲家が必要だった。

彼ほど偉大なアーティストに依頼する予算はなかったが、彼に映像を見てもらうまで作曲家は決めないことにした。同じ精神を分かち合い、作品の価値を理解してくれることを願って......。

そしてあの日、私はニューヨークのコーヒーショップで彼の反応を待ちわびていた。

窓の外を眺めていると、優雅な着こなしの龍一が通りを渡って店に入ってきた。そのまま私に歩み寄り、何のてらいもなく私を抱き締めて、この映画を作っていることに静かに感謝を伝えてくれた。

私は安堵と感謝と喜びで涙が込み上げ、その瞬間、パートナーを得たと確信した。

経営
「体が資本」を企業文化に──100年企業・尾崎建設が挑むウェルビーイング経営
あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国万科、償還延期拒否で18日に再び債権者会合 猶

ワールド

タイ、2月8日に総選挙 選管が発表

ワールド

フィリピン、中国に抗議へ 南シナ海で漁師負傷

ビジネス

ユーロ圏鉱工業生産、10月は前月比・前年比とも伸び
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 5
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    大成功の東京デフリンピックが、日本人をこう変えた
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中