コラム

中国人は安倍元首相の死を悲しんだ──強いリーダーが好きだから

2022年07月25日(月)11時29分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)
安倍晋三

©2022 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<中国では反応は真っ二つに分かれた。国内の社会の底辺に暮らす人々にとっては、権力者の死は「他人の不幸は蜜の味」。しかし、在日中国人の目に安倍元首相は「しなやかで強いリーダー」と映っていた>

日本の安倍晋三元首相が突然銃撃され、死亡した事件に対して、中国人の反応は真っ二つに分かれた。

中国社会の底辺に暮らす大量の人々にとって、「他人の不幸は蜜の味」。彼らは普段の生活の中でほぼ発言権を持たず、特権階層にいじめられる対象だ。

例えば最近、河南省の農村向け銀行で、数十万人の預金400億元以上が理由も分からず消失した。被害者が地元警察に通報したが、訴えを受理するどころか、抗議活動が広がらないよう健康碼(健康QRコード)を悪用して移動を封じられた。

虐げられている彼らが安倍氏の死を喜んだ理由は、幼い頃から「日本は侵略者で悪者」という教育を受けてきたから。一種の愛国心だが、彼らは自分たちを虐げる権力にはひざまずくのに、一度も彼らを虐げたことのない隣国の政治家の死を喜ぶ。中国国内でも彼らを批判する声はあるが、政府の好むところではないので削除・ブロックされた。

国外に暮らす中国人は、多くが安倍氏の死を悲しんだ。特に日本に暮らす中国人たちには、安倍氏を支持する人が少なくない。対外政策における安倍氏の態度はしなやかで強い印象を在日中国人に与え、好感を持たれた。中国人は強いリーダーが好きだから、自然と安倍氏が好かれたところもある。

中国出身の彼らは、実は日本の憲法改正を応援している。理由は2つ。1つは日本が自分で国を守るべきと考えるから。米中摩擦にロシアのウクライナ侵攻......。今の世界はもう平和とは言えない。日本を守るため、日本は自らの軍隊が必要だと考える在日中国人は多い。

2つ目の理由は、アジアで最も優れた民主主義の国として、日本は「隣の独裁国家」を牽制する義務があると考えるから。特に民主主義の台湾にとって日本の強い応援が必要だと在日中国人も考えている。

安倍氏への哀悼の意を表すため、全ての娯楽活動を取りやめた在日中国人がいる。この蒸し暑い夏の日に、安倍氏が撃たれた奈良の現場で1時間も並んで献花した在日中国人もいる。

安倍氏と一緒に一つの時代が去った。戦後日本は最も優れた政治家を失った、これより悲しいことはない──と中国人が書いたら、日本人は意外に思うだろうか。

ポイント

庆祝安倍归西!/庆祝安倍归西全场六折/庆祝安倍遇刺身亡/恭喜日本鬼子归西
(安倍の死を祝う!/安倍の死を祝って全店4割引き/安倍暗殺を祝う/日本の敵が死んでおめでとう)

健康碼
中国語で「チエンカンマー」。スマホを利用して健康・行動情報を入力すると、感染リスクが3段階で表示される。感染リスクが高いと交通機関や商業施設の利用を制限される。

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

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