コラム

アサド政権によるクルド人支援──「シリアでの完全勝利」に近づくロシア、手も足も出ないアメリカ

2018年02月23日(金)19時30分

さらに、クルド人支援のためにアフリンに派遣された部隊には、アサド政権を支持するシーア派民兵だけでなく、イランから派遣されている革命防衛隊のメンバーも混じっているといわれます。

つまり、現状において先述のシリア和平に関するロシア‐イラン‐トルコの三国間の枠組みは維持されているものの、トルコがこれ以上アフリンでクルド人勢力と戦闘を続ければ、アサド政権だけでなくロシアやイランまで敵に回すことになりかねないのです。

とはいえ、これまで過剰なまでに自らの立場を主張してきた手前、「米国に膝を屈する」ことはエルドアン大統領にとって難しい選択です。国内でYPGを「テロ組織」と喧伝し、反米感情を政権の支持基盤にしてきたことは、これに拍車をかけています。さらに、スンニ派でトルコと共通するサウジアラビアとのライバル関係は激しさを増しているため、周辺国からの支援も期待できません。

こうしてみたとき、トルコ軍が近く、何らかの理由を設けて「オリーブの枝」作戦を切り上げたとしても驚くことではないのです。

ロシアによる「手打ち」の演出

トルコが火だるまになり、アサド政権とクルド人勢力が奇跡的な「手打ち」を行った背景には、ロシアの働きかけがあったとみられます。

クルド人勢力の公式メディアは「アサド政権がロシアの助言によりクルド人支援に乗り出した」と報じています。ロシアはこれを否定しています。

もともとトランプ政権がSDF支援を打ち出した1月中旬、ロシア政府はトルコ政府とともに「シリアでの米国の危険な火遊び」を批判していました。

この背景のもとでトルコがシリア侵攻を開始し、クルド人が追い詰められるなか、突如としてシリア政府がクルド人勢力を積極的に支援し始めたことに鑑みれば、「ロシアはトルコを使ってクルド人がアサド政権との関係を改善するようにした」という見立ては正鵠を射ているといえるでしょう。もしそうなら、トルコはロシアの手駒として、自ら火を被ったことになります。

「完全勝利」に近づくロシア

「アサド政権によるクルド人勢力の支援」により、ロシアはシリアにおける「ゲームメイカー」として、これまで以上にその存在感を示したといえます。

その一方で、ロシアが支援するアサド政権は、首都ダマスカス近郊の東グータでスンニ派民兵への攻撃を強化しています。民間人の死傷者が多く出ていることから、この攻撃も国際的な批判にさらされています。

ただし、仮に今回クルド人勢力との関係を回復したシリア政府が東グータをも制圧した場合、既にISが征服地を激減させているなか、アサド政権とロシア、イランは、シリア内戦における「完全勝利」にさらに一歩近づくことになります。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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