コラム

犯罪率は低くても、閉鎖性と同調圧力が引き起こす悪事は絶えない日本

2022年06月20日(月)11時25分

どうやら日本人は元々、争うことが嫌いなようだ。というよりもむしろ、争うことが嫌いな人々がアフリカから逃げて日本にたどり着いたのかもしれない。明治大学教授の齋藤孝も『日本人は、なぜ世界一押しが弱いのか?』(祥伝社新書)で、日本人は「押しが弱く、体も弱くて、ビビリがち」だから、「大陸から押し出されてきて日本列島という端っこに住みついた」と述べている。

とすれば、日本人の生き残る道は、弱い者同士が肩を寄せ合い、助け合うしかない。弱者が強者に勝つ最善の方法はチームワークだからだ。こうして、強い集団が日本社会の主要プレーヤーになった。「うち」世界の誕生である。

「うち」意識は、聖徳太子の17条憲法の「以和為貴(わをもってとうとしとなす)」から、日本企業のQC(品質管理)サークル活動まで、日本人の底に脈々と流れている。明治維新後、さらには第2次世界大戦後、西洋的「個人/社会」の二分法に基づく「権利と義務」(ヨコ型・調整型ルール)の導入が試みられたが、「うち」世界は生き延びた。

今でも、日本人が「権利と義務」を意識するのは「よそ」世界にいるときであり、「うち」世界では、相変わらず「甘えと義理」(タテ型・交換型ルール)がまかり通っている。

強力な同調圧力が犯罪を抑止

前述したように、「うち」集団は小さな島であり、外には出られない運命共同体である。そのため、個人の能力や性格を度外視して一つにまとまる必要がある。それに打ってつけのルールがウェットな「甘えと義理」である。バラバラな個人をベタベタに接着しようというわけだ。精神論や根性論がもてはやされるのも、そのためである。

義理は情緒的な負担である。したがって、その内容は無定量・無限大であるが、それを果たしていれば、所属集団への甘えを期待できる。だが義理をおろそかにすると、にらまれて村八分になる。そこで、無数の情緒的なルール(義理)を、たとえそれがささいなことであっても、あるいは不合理なことであっても律義に守るようになる。その結果、日本人は、勤勉で、我慢強く、気配りが利くようになった。

かつてサッカー日本代表のフィリップ・トルシエ監督が、赤信号だと車が来なくても道路を渡らないのが日本人と皮肉った。ちなみに、こうした日本人のきまじめさが顔を出すのがミクロの芸術や技術である。例えば、俳句、扇子、盆栽、折り詰め弁当、カップヌードル、トランジスタラジオ、カード電卓、小型自動車、ウォークマン、ファミコン、ナノテクノロジーなどだ。こういった日本のお家芸を、韓国の初代文化部長官を務めた李御寧(イ・オリョン)は、『「縮み」志向の日本人』(講談社学術文庫)で「縮みの文化」と呼んだ。

日本人は「うち」集団による強力な同調圧力を受けて鍛えられ、犯罪の誘惑に負けないようになった。そうした風土は「うち」世界に内蔵されており、それが何重もの入れ子構造によって日本の風土になっている。

例えば、小さな「うち」である学校の班や会社の課で植え付けられた「同調性」は、より大きな「うち」である町内会や業界団体などによる橋渡しによって、最も大きな「うち」である国家の隅々にまで行き渡り、日本人に共通する意識となってきた。これが、第2次世界大戦後、西洋では犯罪が激増したにもかかわらず、日本の犯罪率が低いままだった理由である。

プロフィール

小宮信夫

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ——遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

バイデン氏の5月支持率、約2年ぶり低水準 経済問題

ビジネス

ユーロ圏のインフレ制御に「本当に自信」=ECB総裁

ビジネス

英シェル株主総会、投資家グループ提案の気候変動対策

ビジネス

米家計、インフレになお苦悩 物価圧力緩和でも=FR
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 3

    9年前と今で何も変わらない...ゼンデイヤの「卒アル写真」が拡散、高校生ばなれした「美しさ」だと話題に

  • 4

    服着てる? ブルックス・ネイダーの「ほぼ丸見え」ネ…

  • 5

    「目を閉じれば雨の音...」テントにたかる「害虫」の…

  • 6

    ベトナム「植民地解放」70年を鮮やかな民族衣装で祝…

  • 7

    高速鉄道熱に沸くアメリカ、先行する中国を追う──新…

  • 8

    中国・ロシアのスパイとして法廷に立つ「愛国者」──…

  • 9

    「韓国は詐欺大国」の事情とは

  • 10

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 8

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 9

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 10

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story