コラム

ワクチン接種のおかげで規制解除できても「長期化するコロナ」が大量発生する恐れ

2021年07月13日(火)11時11分
ジョンソン首相

7月19日の規制解除について会見したジョンソン首相の顔も冴えない(7月12日、ロンドンの首相官邸) Daniel Leal-Olivas/REUTERS

[ロンドン発]「パンデミックは終わらない。コロナウイルスはあなたたち家族のリスクであり続ける。7月19日に法的制限が解除されてもすぐにコロナ前の日常に戻るわけではない」──サッカーのUEFA欧州選手権決勝(EURO2020、1年延期して開催)でイングランド悲願の初優勝が露と消えた翌日の12日、ボリス・ジョンソン英首相はこう釘を刺した。

1日の新規感染者数は3万4千人を超え、コロナ関係の規制がすべて解除される7月19日の 「コロナ自由記念日」には5万人、8月中には10万人に達する見通しだ。しかし英大衆紙デーリー・メールによると、政府の非常時科学諮問委員会(SAGE)が1日の入院患者はこれまでのピークに比べ半分の1千~2千人、死者は10分の1の100~200人に収まると予測しているという。

筆者は8日に行われたテニスのウィンブルドン選手権女子シングルス準決勝をセンターコートで観戦した。会場に入る際は、マスクを着用し、ワクチンを2回接種したことを証明する接種カード(または48時間以内の迅速検査による陰性結果)と身分証明書を係員に提示しなければならない。このルールはEURO2020でも同じである。

20210708_140711.jpeg
女子シングルス準決勝が行われるウィンブルドンのセンターコート(8日、筆者撮影)


ウィンブルドンのセンターコートでは満席の1万5千人、サッカーの聖地ウェンブリー・スタジアムは収容人員9万人のところを6万人まで観客を入れた。スマホに接触追跡アプリを入れておくと感染者と2メートル以内の距離で15分以上接した濃厚接触者には10日間自己隔離するようにとの通知が来る。

ウィンブルドンで観戦した筆者には一発で自己隔離の警報が届いた。濃厚接触の機会はセンターコートで着席した時とフードコーナー近くのベンチに座ってハンバーガーを食べた時の2回しかない。いずれも屋外で対面して座っていたわけではないので感染リスクは少なかったはずだ。12日に自宅にあったキットを使って迅速検査をしたところ陰性だった。

Screenshot_20210710-172409_NHS Covid-19.jpeg

平均して1人感染者が出ると周りに5人の濃厚接触者が出る。1日の新規感染者が10万人なら濃厚接触者は50万人、1週間で350万人が自己隔離の通知を受ける。厄介なのはこの自己隔離が8月15日まで法的に義務付けられる一方で、アプリをダウンロードするかどうかは任意なため、アプリをスマホから削除してしまう人が続出していることだ。

無症状や軽症でもやがて長期的な症状が出る「ロング・コビット」

接触追跡アプリが機能しなくなったらコロナの感染拡大をつかむ重要なレーダーの一つを失うことになる。コロナに感染すると免疫反応の暴走であるサイトカインストームが起き、肺損傷や多臓器不全で死亡に至る。ほとんどの人は12週間以内に完全に回復するが、最初は無症状や軽症でも「ロング・コビット(長期化するコロナ)」と呼ばれる長期的な症状を示すケースがある。

ロング・コビットの症状には「ブレイン・フォグ」と呼ばれる記憶力と集中力の低下、極度の疲労(倦怠感)、呼吸困難、胸の痛み、睡眠障害(不眠症)、動悸、しびれ、関節痛、うつ病と不安、耳鳴り、耳痛、気分が悪くなる、下痢、腹痛、食欲不振、高温、咳、頭痛、喉の痛み、嗅覚や味覚の変化がある。

イギリスではロング・コビットの患者は200万人以上に達すると言われている。看護師など1万2千人の医療従事者も含まれる。息切れや疲労がひどくて仕事に復帰できなくなったという深刻な訴えも少なくない。

コロナに感染しにくいと言われてきた子供も例外ではない。アムステルダム大学医療センターの小児呼吸器科医キャロライン・ブラッケル氏らの研究では、ロング・コビットとみられる2〜18歳の89人の36%が日常の機能に深刻な限界を経験していた。最も一般的な症状は倦怠感87%、呼吸困難55%、集中力の低下45%だった。

「これから1日10万件の新規感染者が出た場合、1万~2万件のロング・コビットが発生する恐れがある。成人の大多数にワクチンを2回接種したからと言ってロング・コビットを防げるという保証はない」。英インペリアル・カレッジ・ロンドンのダニー・アルトマン教授は12日に放送された英BBC放送のドキュメンタリー番組「パノラマ」で警鐘を鳴らした。

ロング・コビット回復には2〜3年かかる

ウイルスや細菌が体内に侵入した場合、抗体がつくられ病原体を攻撃して感染を防ぐ。本来、自分の体に対して抗体はつくられないが、誤って健康な組織を攻撃する自己抗体ができることがある。自己免疫疾患ではこの自己抗体が高率で出現する。

アルトマン教授はロング・コビットの患者にみられる自己抗体を特定し、6カ月以内に血液検査でロング・コビットにかかっているかどうかが分かるようになると話した。ロング・コビットの患者の自己抗体は今年1月に米イェール大学の岩崎明子教授(免疫学)らが特定したと発表している。 ロング・コビットの犯人はウイルスではなく自己抗体だったのだ。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米、ベネズエラ安定化・復興へ3段階計画 国務長官が

ワールド

EU、グリーンランド支持 国際法違反容認せず=コス

ワールド

トランプ氏、グリーンランド購入巡り活発な協議 NA

ワールド

ゼレンスキー氏、トランプ氏との会談を希望 「安全の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AI兵士の新しい戦争
特集:AI兵士の新しい戦争
2026年1月13日号(1/ 6発売)

ヒューマノイド・ロボット「ファントムMK1」がアメリカの戦場と戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    「グリーンランドにはロシアと中国の船がうじゃうじ…
  • 5
    ベネズエラの二の舞を恐れイランの最高指導者ハメネ…
  • 6
    マドゥロ拘束作戦で暗躍した偵察機「RQ-170」...米空…
  • 7
    日本も他人事じゃない? デジタル先進国デンマークが…
  • 8
    公開されたエプスタイン疑惑の写真に「元大統領」が…
  • 9
    トイレの外に「覗き魔」がいる...娘の訴えに家を飛び…
  • 10
    衛星画像で見る「消し炭」の軍事施設...ベネズエラで…
  • 1
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチン、その先は袋小路か
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 3
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 4
    中国軍の挑発に口を閉ざす韓国軍の危うい実態 「沈黙…
  • 5
    眠る筋力を覚醒させる技術「ブレーシング」とは?...…
  • 6
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 7
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 8
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 9
    アメリカ、中国に台湾圧力停止を求める
  • 10
    感じのいい人が「寒いですね」にチョイ足ししている…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 7
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story