アステイオン

美術

オスマン帝国を虜にした「バタ臭い日本美術」の謎...宮殿コレクション「輸出美術工芸」が明かすジャポニスムの新史とは?

2026年04月01日(水)11時00分
ジラルデッリ青木美由紀(美術史家、イスタンブル工科大学准教授補)

asteion_20260323032512.png

ドルマバフチェ宮殿に所蔵される明治時代の輸出日本美術工芸品。左から、京都で絵付けされた京薩摩(高さ約180cm)、帝室技芸員「石川光明」の銘入り象牙細工・蒔絵のガス灯台、 尾張七宝の花瓶(高さ約150cm)。©トルコ国立宮殿局 Türkiye Millî Saraylar


外国人の好みに合わせているため、日本の生活様式にはあわない奇妙なものもある。

漆蒔絵の西洋式戸棚や、人の背丈よりも高いキンキラキンの花瓶。アール・ヌーヴォ百合柄のテーブルだと思っていたら、それが蒔絵で、裏にMADE IN JAPANとかかれた紙を発見した日もあった。「明治の超絶技巧」などがブームになる、少し前のことだ。

イスタンブルへは日本からの直接輸入だけではなく、むしろ多くはヨーロッパの画商を通した輸入品であった。商魂たくましいヨーロッパ商人たちが、オスマン帝国スルタンに「最新流行ですから」と日本の文物を売りつけていたことを示す文書も見つかった。

だが<日本>は、そこだけでは終わらない。日本製だけではなく、日本流行、ジャポニスムの流れを受けて、ヨーロッパでも<日本風>のものが続々と作られていたのである。

19世紀に、浮世絵やゴッホやモネだけでない、いわゆる家具調度品、装飾美術の分野で日本のエッセンスが好まれ、取り入れられていたことは、日本ではあまり知られていないかもしれない。

asteion_20260317070245.jpg

日本とオスマン帝国のコラボのコーヒーカップ。カップ部分の磁器は日本製、銀製の取っ手と受け皿はイスタンブルのオスマン帝国宮廷工房製の紋章入り。©トルコ国立宮殿局 Türkiye Millî Saraylar


しかし、イスタンブルの宮廷には、そのようなヨーロッパ製の日本風作品も、好んで購入されていた。それらは日本製ではない。だが、イスタンブルの宮殿で表象されていた<日本>があった。

イスタンブル製のジャポニスム作品まで生み出されていたことは、本書『オスマン帝国と日本趣味/ジャポニスム』の提示する新発見のひとつである。それは日本人が考える日本のプレゼンテーションとは異なる、海外における<日本>の表象を問いかける。

日本ではいわゆる「中東」もしくは「イスラーム」として、別のカテゴリーに追いやられがちなトルコ、あるいはオスマン帝国に「ジャポニスム」が存在した。そこにはヨーロッパとは異なる独自のスタンスがあったことを炙り出す。

オスマン帝国にとって<日本>は、たんなるヨーロッパの流行のエキゾチシズムの一要素ではなかった。非西洋の近代化のモデルとして見られていたのである。

PAGE TOP