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住民投票は「平和の処方箋」か「新たな火種」か...「もっとも民主主義的」な意思決定手段の魅力と限界

2025年09月24日(水)11時00分
藤川健太郎(名古屋大学大学院国際開発研究科准教授)
住民投票

Vilkasss-pixabay


<市民の声が直接反映されるはずの住民投票が、しばしば分断と暴力を招いてきたのはなぜか>


分離独立や憲法改正といった大事な問題は、エリートの国会議員たちに任せるのではなく、「もっとも民主主義的」な手段である住民投票や国民投票を通じて、市民一人ひとりが意思決定に参加するべきだ。

こうした主張は、一見、説得力があり、疑問の余地もないように思える。

実際、日本国憲法は改正手続きとして国民投票の実施を規定しているし、独立を巡る住民投票は、近年、世界各地で広く実施されてきた。

東ティモール(1999年)、モンテネグロ(2006年)、スコットランド(2014年)、カタルーニャ(2017年)、イラクのクルド人自治区(2017年)など、大きく報じられた事例だけでも枚挙にいとまがない。クリミア(2014年)やウクライナ東部・南部4州(2022年)での住民投票は、国際政治の観点からも多くの注目を集めた。

しかし、住民投票という「もっとも民主主義的」な手段を用いて、こういった問題を解決しようとすることは、果たして世界に平和をもたらしているのだろうか?

東ティモールでの住民投票では、反独立派による暴力が猛威をふるい、カタルーニャでは警官隊と市民が衝突した。クリミアやウクライナ東部・南部4州の住民投票が、戦争を終わらせるための役割を果たすとはとても思えない。

独立を巡る住民投票実施は平和に役立つのか? この問いについて研究してきた政治学者のあいだでは、当事者間の合意がないまま、独立を巡る住民投票が一方的に実施されても、問題の解決に資さない、ということにおおむねコンセンサスがある。

クリミアやウクライナ東部・南部4州の住民投票はこれにあたる。これらの住民投票は、ロシア国内及び国際社会向けの統合正当化のためのパフォーマンスだと考えることができるだろう。

他方、研究者のあいだで是非について論争があるのは、当事者間での合意に基づいて実施される住民投票だ。近年の例としては、エリトリア(1993年)、東ティモール(1999年)、モンテネグロ(2006年)、南部スーダン(2011年)、スコットランド(2014年)などが該当する。

住民投票の長所を強調する研究者は、住民投票の場合、自らが推した選択が採択されなかった市民も、結果を受け入れる可能性が高い、と言う。議会による意思決定と比べて、住民投票を通じた意思決定には市民は高い正統性を付与すると考えられているからだ。

これに対して、住民投票は陣営間の緊張関係を悪化させ危険だ、という考え方も根強い。議会での意思決定と異なり、住民投票には選択肢が二つ(例えば賛成と反対)しか存在せず、中道的な解決策を探る余地がないことが多いためだ。

住民投票の前後に、主に反独立派による暴力・破壊行為が起きた東ティモールは、まさにその危険性を示す事例だという。

合意に基づく住民投票は平和に資するのか? それとも危険なのだろうか?

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