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歴史

20世紀前半、アメリカの軍事訓練は「将来に役立つ」と宣伝された...軍事と教育の関係に見る「戦争の意味」とは?

2025年09月10日(水)11時00分
服部雅子(シンガポール国立大学歴史学部アシスタント・プロフェッサー)

例えば、第一次世界大戦中に、徴兵年齢の男性を選抜して大学に送り、政府資金によって戦争遂行上有用な教育と訓練を受けさせる政策が実施されたが、それを政府や大学関係者は、「個人の出自に関係なく」(つまり、裕福な家庭の出でなくとも)大学教育を受けることができる、貴重な教育の機会として世間にアピールした。

ROTC義務化を1920-30年代に批判した人々もまた、宗教・良心上の理由でROTC受講を拒否した若者が教育の機会が奪われることを、ROTC義務化の問題点だと指摘した。

以上を踏まえると、第二次大戦期の米国での若者の軍事動員政策は、1910年代以降の、教育と軍事の関係構築の延長線上に捉えることができる。

同大戦中の米国政府は他国政府同様に、10代後半から20代半ばまでの男性を多く徴兵したが、政府や支持者はその政策を、「民主主義的な教育の機会」としたのである。そして、様々な科学技術や専門知識、集団生活の経験など、従軍後の将来に役立つ知識や経験を若者が得られることを強調した。

しかし、誰にでも開かれた、民主主義的な、といった謳い文句とは裏腹に、軍事と教育との強いつながりは、「教育すべき有能な兵士=若い白人男性」という政治・教育・軍事指導者の想定に当てはまらない若者たちの教育の機会を限定することも意味した。

ちなみに、筆者が考察した様々な史料の中に、「国のために命を捧げろ」といった、「死」を連想させる言葉で大人が若者の軍事教練や兵役を促す例は見当たらなかった。「将来に役立つ」という、個人志向・未来志向かつプラクティカルな理由で教育と軍事の関わりが強化され、それが「民主主義的だ」とされたところに、個人の自由を重んじる社会における軍隊や「総力戦」のあり様を垣間見ることができる。

20世紀は、戦争の世紀であった。なぜそうなったのか、二度の世界大戦は世界の人々にどのような影響を与えたのか。こうした問いを考えるには、個々の社会・国に特有の事象と、より広い世界での政治・文化的な流れとの両方を考慮する必要がある。

上記の例は、軍隊と社会との関係性をめぐる米国特有の事象と、より広い世界史上の流れとの間を往来しつつ、人類史における二度の大戦の意味を考える一助となるのではないだろうか。


服部雅子(Masako Hattori)
東京大学大学院修士課程修了後、コロンビア大学にて博士号を取得。アメリカ政治・教育史研究。2025-26年度プリンストン大学Fung Global Fellow。著書に、The Age of Youth: American Society and the Two World Wars(2025)。ほかに、"The Second Phase of War: Youth in U.S. Occupied Japan" Diplomatic History(2022)、「超大国の出現」(遠藤泰生・小田悠生編著『はじめて学ぶアメリカの歴史と文化』[2023])など。「アメリカ「再建」― 20世紀前半の米国の社会・教育思想にみる米国の自国観と戦後構想に関する 一 考察 ─」というテーマで、サントリー文化財団2013年度「若手研究者のためのチャレンジ研究助成」に採択。


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 The Age of Youth: American Society and the Two World Wars
  服部雅子[著]
  ケンブリッジ大学出版局[刊]

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