アステイオン

ベトナム

中国と「対等かつ独立した存在」と考えるベトナム人の誇り「南国意識」とは何か

2023年06月14日(水)10時50分
牧野元紀(東洋文庫文庫長特別補佐)

文化面ではどうであろうか。ベトナムという国名がそもそも「越南(ヴィエッナーム)」と漢字表記が可能なように、ベトナムは伝統的に漢字文化圏かつ儒教文化圏に属した。

これは紀元前2世紀から紀元10世紀までの間、1000年以上にわたる中国の歴代王朝による支配に多大な影響を受けたからである。

独立を達成した後においてもベトナムの各王朝は中華帝国の冊封体制下の朝貢国であり続けた。19世紀後半から20世紀の半ばまでフランスによる約100年の植民地支配を経験したが、国民各層において漢字と儒教の影はなお色濃く残った。

たとえば、高等文官採用のための国家試験である科挙については、フランス植民地体制下においても1919年まで実施されており、〝本場〟である中国(1905年廃止)よりも遅くまで続いた。

このように、ベトナムでは政治・経済・文化のあらゆる面で中国(および中華文明)のファクターが浸透しており、これを抜きにベトナムを対象とした人文社会の諸科学研究を進めることはまずもって不可能である。

ベトナムはASEANのメンバーであり東南アジアの一国として自他ともにカテゴライズしてしまいがちだが、歴史的にみると中華文明の一翼を担う東アジアの国であった。

国際社会における中国のプレゼンスが極限にまで高まりつつあるなかで、日本や韓国とも経済的つながりのあるベトナムが東アジアのなかに自身の立ち位置を再確認する場面は今後ますます増えてゆくことだろう。

ちなみに、ベトナム研究において日本人研究者の層は世界的にみて厚い(*6)。

これには上述したようにベトナムが日本と同じく漢字文化圏であり儒教文化圏であったこと、そして第二次世界大戦中の一時期において日本軍の占領下にあったため、これまでも一部の識者による関心の高まりと情報の深まりがみられ、それと並行して史資料の蓄積も進んだという特殊な事情が背景にある。

誇り高き人々

中国はよくメンツ(面子)の国であると言われる。これは中国に留まらず、日本や朝鮮半島も含めて、儒教とりわけ朱子学の影響を強く受けた東アジアに顕著な特徴である。ベトナムもその例外ではない。

これは著者の個人的経験に基づく全くの主観ではあるが、メンツへのこだわりは中国人よりも韓国・朝鮮人やベトナム人のほうがむしろ強いのではとの印象さえある(本稿では中国人とは「漢族」、ベトナム人とは「京(キン)族」を指す。それぞれ国内人口の9割を占める民族マジョリティであることをここで念のため注記しておきたい)。

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