アステイオン

ベトナム

中国と「対等かつ独立した存在」と考えるベトナム人の誇り「南国意識」とは何か

2023年06月14日(水)10時50分
牧野元紀(東洋文庫文庫長特別補佐)

もちろん、技能実習生の制度については各種報道でも取り上げられるようにさまざまな弊害もあり、問題の解決が急がれるところである(*4)。しかし、この件は本稿の趣旨とは外れるので後に稿をあらためて取り上げることにしたい。

さて、日本人にとって随分と身近になった(はずの)ベトナム人であるが、ベトナムという国が歩んできた歴史について、日本人一般における関心がベトナム人の来日者数と同じペースで増したのかというと、その答えは否である。

相変わらず「ベトナム戦争」で時計の針が止まったままではないだろうか。この30年間、多くの日本人においてベトナム戦争以外のベトナムの歴史に関する知識のアップデイトは残念ながらほとんどなされていない。

そもそも日本の高等学校での世界史教育は昔も今も、欧米史中心である。割をくったかたちのアジア史だが、それさえも最大の関心事は中国史であるため、いわんや東南アジアの一国であるベトナムの歴史が教科書で詳述されることはまれである。

世界史大のインパクトを与えたベトナム戦争でさえも、〝大国〟であるアメリカと対峙し、勝った(というより追い出した)からこそ関心を寄せられたに過ぎない。

こうした現状をふまえて、本稿では日本ではあまり知られることのないベトナム戦争以前のベトナムの歴史を本特集のテーマに沿いつつご紹介したい。すなわち、歴史的に形成されたベトナム人における「中華」の概念とその中国像を論じてみる。

いま目の前にいるベトナムの若者が、かくも豊かな歴史を背負ってこの日本にやって来たのだということを、わずかにでも感じ取って頂けたら幸いである。ベトナム人への理解が少しでも深まり、コミュニケーションも幾分滑らかならんことを願ってやまない。

ベトナムにとって最重要の大国とは

結論から述べる。ベトナムにとって最重要の〝大国〟とは北で隣接する中国である。今日のベトナムは多方面外交を基調としているが、政治外交分野において最重要の二国間関係はと問えば、それは対米関係でもなければ対日関係でもない。

歴史的にみてベトナム国家の存立基盤はひとえに対中関係の安定化にかかっている。

経済分野においても中国の存在感は今や圧倒的である。ジェトロ作成の2022年速報データによると(*5)、ベトナムの輸入相手国の1位は中国である(2位が韓国、3位が日本、4位が台湾、5位がアメリカ)。

輸出相手国こそ1位をアメリカが占めるが、2位は中国である(3位が韓国、4位が日本、5位が香港)。

中国は輸出入ともに数値を年々上げてきており、国内経済の動向が中国経済の動向に大きく左右され始めている点では東アジアの日本や韓国と似たような状況になりつつある。

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