アステイオン

文学

文学は魂の糧──いち早く反戦の声をあげた、リュドミラ・ウリツカヤとその作品

2022年12月28日(水)08時18分
沼野恭子(東京外国語大学教授)


Ulitskaya-20221221.JPG

リュドミラ・ウリツカヤとモスクワのカフェ「ドン・ペトロ」にて(2004年11月26日) 撮影:筆者

ウリツカヤに話を戻すと、彼女は、教育において幼いうちから多様性を認めあい他者を理解する心を養うことがいかに大切かということを意識して、さまざまな取組みをしてきた。

たとえば、『スズメのアントウェルペン、ネコのミヘーエフ、アロエのワーシャ、そしてムカデのマリヤ・セミョーノヴナ一家の物語』(2005年、絵・スヴェトラーナ・フィリッポワ)という長いタイトルを持つ彼女の創作おとぎばなしは、人間に捨てられたアロエと、母親にかまってもらえなかったネコ、兄弟たちにいじめられていたスズメが登場する、一見たわいない動物童話のように思えるが、読み進むにつれ、それぞれが自分の特技を生かして、ごく自然に助けあっていく協調と共生の大切さが子供にも感じ取れる感動的な作品になっている。

また、2006年には「リュドミラ・ウリツカヤの子供プロジェクト」を立ちあげ、多文化共生の観点から子供のためのイラストブック・シリーズを監修している。家族、衣食住、風習、文化などさまざまなテーマについて、1冊ごとにウリツカヤが選んだ著者とイラストレーターがペアになって本を作成し、すでに10冊以上が出版されている。

しかし、ロシアで2013年に同性愛を宣伝することを禁ずるいわゆる「ゲイ・プロパガンダ禁止法」が制定されると、この子供プロジェクトに入っていたヴェーラ・チメンチクの本『うちの家族とよそんちの家族』(2006年、絵スヴェトラーナ・フィリッポワ)が同性婚を宣伝するものであるとの批判を浴び、ウリツカヤ自身が検察当局に呼び出されることもあった。

ロシアの体制が、異質な他者を受け入れる寛容さを狭めていく中にあって、ウリツカヤは、自らの小説のみならず、動物寓話の絵本や子供プロジェクトを通じて、社会のアウトサイダーや異文化の担い手や弱者を一貫して擁護しているのである。

当時、人気推理作家のボリス・アクーニンとともに「国家の裏切り者」呼ばわりされ激しい批判を浴びたウリツカヤだが、いかなる圧力にも屈せず、ロシアに残って知識人としての使命を果たしてきた。しかしウクライナに対する今回の戦争が始まり、ますます言論統制が厳しくなって、ついに2022年3月、ドイツに亡命せざるを得なくなった。

このように、ウリツカヤの作品を支えているのは、多元的・多文化的価値観への志向、思想・言論の自由の重視、弱者への共感、ロシア文学への紛れもない愛である。このような多様性を許容する「文学」の本質こそ、敵か味方かという二項対立を強要する「戦争」に真っ向から対立するものであることはいうまでもない。

兵士として第二次世界大戦の戦場に送られ、右手を失ったシェンゲリ先生は、周囲がこぞって戦争を崇拝していたときに、生徒たちに次のように語ったが、これは作者の思いを代弁したものと考えてまちがいないだろう。シェンゲリ先生の言葉を拙文の締めくくりとさせていただきたい。

「戦争が始まった時、僕は大学二年を終えたところでした。みんなすぐに徴兵司令部に行って、前線に送られました。同じクラスで生き残ったのは僕だけです。みんな戦死しました。女の子も二人亡くなりました。だから僕は戦争にはもろ手を挙げて反対です」

「戦争というのは、人間が考え出した最低のものです」

PAGE TOP