アステイオン

国際政治学

「プーチンの戦争」が我々に残した教訓「ブラックスワン」──ウクライナ戦争が提起する5つの論点(下)

2022年12月21日(水)08時17分
デイヴィッド・A・ウェルチ(ウォータールー大学教授)

ロシアによる侵略行為は、戦後の規範を決定的に破壊したのか、それともそれを強化したのか。世界は、自由民主主義陣営と拡張主義的な権威主義陣営の2つに分裂したのか? あるいは、プーチンは権威主義的体制のモデルの正統性を破壊したのか。

時間が経ってみないとこれに対する答えがでないのは明らかだ。しかし、私の意見は長期的にはプーチンによる戦後の規範の侵犯が、むしろそれを強化するのではないかというものに傾いている。

この紛争を彼方から眺めている第三者が、結局のところ、外交を諦め紛争を武力で解決し、隣国に侵攻し、そしてロシアの例外主義が一般的になれば招来するであろう混乱し不安定な世界に舞い戻ることが良い、と考えているとは想像しにくい。

もちろん、たとえ私の考えが正しくとも、それによって台湾海峡の平和が予想されるわけではない。中国の立場では台湾は国内問題であり、国際問題ではない。武力不使用の規範や、主権国家の領土保全と国境の不可侵は、台湾を独立した主権国家と中国が見なしていない以上、たいした意味を持たないかもしれない。

確かにロシアのウクライナ侵攻は重大事件だが、中国の台湾への主張は世界の平和と安全に対して、そして究極的には国際秩序全体にとって、一層重大な挑戦となるだろう。しかしこれについても、しっかりと議論するには別途独立した論文が必要となるだろう。

この原稿を締めくくるにあたって、冒頭で述べた国際関係論が予測を旨とする科学ではないという点を、繰り返しておきたい。私も私の同業者たちも未来を見通す水晶玉を持っているわけではない。

しかし、多少の自負をもって言うのなら、人間というものの性格についての理解は持っていて、そういった理解によって人間の感情、理念そして特異な個人的資質が国際政治の安全保障面に及ぼす力学に、われわれの注意を向けることはできると思っている。

どうやら私の研究領域は、あまりにも血の通わない、打算的で合理的な行為者を前提とするモデルという鎧で武装しているようで、それは国益の一面を前提とし、指導者が換っても同じだという主張をしてきた。これは明らかに事実に反する。

この戦争はウラジーミル・プーチンの戦争だ。そしてこれは手詰まりと苦悩のレシピだ。手詰まりを打破するのが、そもそも学術的な国際関係研究では予測できない、「黒い白鳥」、言い換えれば予知不能の偶発的出来事だとしても、驚くに当たらない。

われわれとしては、「黒い白鳥」が、実際にいつか登場した時には、権威主義や混乱や強権的支配よりも、民主主義と秩序と自決にとって好ましいものであることを、期待するしかない。


[注]
(※4) Valerie Sperling, Sex, Politics, and Putin: Political Legitimacy in Russia (Oxford: Oxford University Press, 2014).
(※5) Andrew E. Kramer and Valerie Hopkins, "Zelensky Takes Aim at Hidden Enemy: Ukrainians Aiding Russia," The New York Times (18 July 2022)
(※6) Krista Viksnins, "The Baltics Should Be Worried," (Washington, DC: Center for European Policy Analysis, 3 March 2022).
(※7) David Sacks, "Putin's Aggression against Ukraine Deals a Blow to China's Hopes for Taiwan," (New York: Council on Foreign Relations, 23 February 2022).
(※8) Joseph Bosco, "Russia's War on Ukraine Makes China's Attack on Taiwan More Likely," The Hill (Washington, DC: 26 April 2022), https://thehill.com/opinion/international/3462914-russias-war-on-ukraine-makes-chinas-attack-on-taiwan-more-likely/


デイヴィッド・A・ウェルチ(David A. Welch)
1960年生まれ。1990年ハーバード大学大学院にてPh.D(政治学)取得。トロント大学政治学部助教授、同教授などを経て、現職。国際関係論、国際紛争論。主な著書に"Painful Choices: A Theory of Foreign Policy Change"(Princeton University Press, 2005)、"Security: A Philosophical Investigation"(Cambridge University Press, 2022)


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 『アステイオン』97号
 特集「ウクライナ戦争──世界の視点から」
  公益財団法人サントリー文化財団
  アステイオン編集委員会 編
  CCCメディアハウス

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