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国際政治学

「プーチンの戦争」が我々に残した教訓「ブラックスワン」──ウクライナ戦争が提起する5つの論点(下)

2022年12月21日(水)08時17分
デイヴィッド・A・ウェルチ(ウォータールー大学教授)

ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は、最近より拡張的な目標をほのめかしたこともある。プーチンの究極的な目標がウクライナ全体を吸収し、その主権を奪い、そしてウクライナの民族的アイデンティティまで破壊する、つまりは文化的ジェノサイドを行うことだと確信する人々も多い。

戦争目的をある程度曖昧にしておくことは明らかにプーチンの利益になる。そうすれば、どこかの段階で自分の目標が達成されたとして勝利宣言をし、国内的には強力で国際的にも威信を高めた(とプーチンが想像する)状態で、停戦することができるからだ。

しかし今現場で実際に起こっている出来事から考えると、彼が最小限の目標すら達成できるという楽観論には根拠がない。ウクライナは領土的な妥協をする意志を全く示していない。

紛争の初期段階でキーウ(キエフ)が包囲された際には、ゼレンスキー大統領は、少なくともある期間はNATOに加盟しない保証を与えるという提案をしたが、もしこの提案が依然として活きていて、ウクライナの「中立化」がプーチンの唯一の目的なら、ロシアは勝利宣言をして停戦することもできるはずだ。

しかし、これは起こりそうもない。予見できる将来、どれほど戦況が良かろうが悪かろうが、ロシアは戦い続けるだろうと予測してよいように思う。

現在のところ、ウクライナ側は全く妥協や譲歩に応じそうな気配がないので、長期にわたる骨の折れる戦争が続きそうだ。ウクライナ軍はあきらかにロシア軍よりも士気が高く、いくつかの重要な分野では、装備でも、量的にはともかく質的には勝っている。

鍵となるのは、ウクライナが腰砕けになる可能性だが、突発的なことでもない限り、これはないだろうと私は見ている。有力な専門家の間でもそういった可能性を語る人はいない。

しかし紀元前5世紀のメロスを破滅に導いたように、ロシアの工作によって、内部の裏切りが起こる可能性は考えられる。ロシアに同調する勢力はウクライナにとって大問題で、これはドネツクやルハンシクのようなロシア語話者が支配的な地域に限られた問題ではない(※5)。

しかしウクライナのナショナリズムが強力であることを考えると、たとえウクライナ現指導部を取り除くようなクーデターが起こっても、後継体制も現体制同様にロシアの攻撃に抵抗し続ける決意を持つと考えることは、十分に説得力がある。

西側世界にとっては、もっともありそうな帰結は、ロシアとの全面的な経済的デカップリング(地政学的デカップリングはすでに既成事実だ)だろう。

しかしここ何十年間か、ヨーロッパがロシアにエネルギー面で依存してきたために、経済的なデカップリングは辛いものになるだろう。しかし結局ヨーロッパは代替的なエネルギー源を見つけるだろう。

実のところこれはヨーロッパの脱炭素化を加速するための好機である。必要は発明の母と言われるが、エネルギー供給と気候温暖化対策の観点に限って言えば、ヨーロッパにとってロシアの侵略行動は、禍転じて福となるかもしれない。

西側にとってのもう1つの帰結は、すでに述べたが、NATOの活力が回復するとともにそれが拡大することだ。

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