アステイオン

国際政治

ミッテランに直談判し、国有化に反対したフランス軍需産業トップ──「ミラージュ戦闘機の生みの親」マルセル・ダッソー(下)

2022年10月11日(火)08時02分
上原良子(フェリス女学院大学国際交流学部教授)

航空ショーにてミッテラン大統領とマルセルの息子セルジュ・ダッソー (1993年6月)Stringer-REUTERS


<国家とは距離を置く一方で、フランス国民には忠実であろうとした、マルセルの哲学と理念とは? 『アステイオン』96号より「マルセル・ダッソー──ミラージュ戦闘機の生みの親」を3回に分けて全文掲載する>


※第2回:武器政商、それともフランス外交の立役者か──「ミラージュ戦闘機の生みの親」マルセル・ダッソー(中)より続く

自立か国有化か──国家とのアンビバレントな関係

マルセルの家族にとって、フランスへの献身は家訓でもあった。しかしフランスを代表する軍需産業へと成長したダッソー社であったが、国家との関係は複雑であった。国家は、主要な顧客であり、監督機関であった。

加えてフランス特有の問題が存在した。フランスは公的セクターが分厚く、また民間企業といえども、国家の指導・庇護のもとで活動し、国家と企業との関係が濃密な国である。とりわけ、フランス経済の弱さを克服するために、基幹産業はたびたび国有化ないし公的セクターに組み込まれてきたことは前述の通りである。

戦後においても、ダッソーが有力な軍需産業として成長し、フランスにとって不可欠の存在となればなる程、国家に飲み込まれるリスクが高まっていたのである。軍需産業としてフランスを支える一方、民間企業として自律性を保つことは、フランスにおいては極めて難しい立ち位置であった。

既に1970年には同業他社の国営企業が合併し、アエロスパシアルが誕生していた。軍用機はダッソー、民間機は国営のアエロスパシアルという分野別のナショナル・チャンピオン、もしくは棲み分けが生み出された。

確かにテクノロジーの高度化により研究開発費は高騰しており、またゴーリスムのような独自の国防・安全保障政策を実現するためには、より強力な軍需産業の構築を目指し、民用・軍用を問わず、1つの航空機産業に収斂することは有効な選択肢ともなっていた。

1970年代後半のジスカール=デスタン大統領は、フランス政治にはめずらしく中道右派のリベラルの政治家であった。しかし航空機産業においては1977年に公社を設立し、国家が株主としてアエロスパシアルとダッソーに資本参加することを提案した。

輸出が拡大するダッソーに対し、アエロスパシアルは売り上げが低迷し、新規開発も危ぶまれており、両社の合併が検討されていたのである。株主総会は国家の資本参加を受け入れようとしたが、マルセルは断固として国有化に反発した。

しかしマルセルは、国家とは距離を置く一方、フランス国民には忠実であろうとした。「もしフランスの民衆の多数の考えであれば、国家はその願望を実現する権利がある。フランスの民衆は常に主権を有しており、国有化その他についてはフランスの民衆の意思に委ねよう」と語った。結果、株式の一部を国家に供与することとなった。

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