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国際政治

リンドバーグに憧れた飛行機少年──「ミラージュ戦闘機の生みの親」マルセル・ダッソー(上)

2022年10月11日(火)07時58分
上原良子(フェリス女学院大学国際交流学部教授)

国有化はマルクス主義的な発想というより、企業の集中・合併を促し、国家の資金を投入することにより、生産力を高める処方箋でもあった。こうした国家主導型の経済政策は戦後にも引き継がれることになる。各企業の経営者は当初反対していたものの、最終的にはこれに応じた。しかしそこには数多くの難題が存在した。

航空機産業は国有化と並行して、ナチスの侵攻に備えてパリから地方への移転が進められ、南部・南西部を中心に6社に再編された。しかし国家は資本を拠出するものの、航空機産業を運営する能力を欠いていた。

そのため、マルセルは、6社のうちの1社(SOシュッド・ウエスト/南西の意)の経営を委ねられた。所有権こそ失ったものの、国費を使い自ら経営できる環境は悪くはなかった。同時に、国営化を免れた研究部門を別会社として独立させ(マルセル・ブロック航空機株式会社)、これらの国営企業を主要取引先とした。

むしろマルセルが腐心したのは、高度な労働力の確保であった。現地では先進的な技術に対応する良質の労働力を欠いていた。マルセルは率先して、地方における労働者の育成に取り組んだ。

ドイツとの緊張関係が高まる中で、軍事費の増額と航空機の大量生産計画が策定された。とりわけミュンヘン会談後、事態は急を要した。しかし、フランスの航空機産業は、増産体制に対応できていなかった。他社が生産能力を欠く中で、ブロック社は大量受注を受けることができた。とはいえ政府が要望する4000機以上の生産は困難であった。

そのため、のちヨーロッパ統合の立役者となるジャン・モネの仲介のもと、アメリカの大量生産技術の導入も検討されたが、結局国内製造を断念し、アメリカに発注することとなった。それさえナチスの侵攻に間に合わず、フランスは軍事的に無防備なまま、第二次世界大戦に突入したのであった。


※第2回:武器政商、それともフランス外交の立役者か──「ミラージュ戦闘機の生みの親」マルセル・ダッソー(中)に続く

[注]

(※1)マルセルの旺盛な好奇心は航空機だけにとどまらなかった。1950年代より上院・下院の政治家としても活動した。また1954年には週刊誌『ジュール・ド・フランス』を刊行し、病院の待合室や自社の社員に無料で配布した(無料配布紙の走りとされる)。とりわけ「カフェ・ド・コメルス」と題する評論を執筆することを好んだ。マルセルの「趣味」はそれにとどまらず、若い頃に係わった不動産業に加え、金融業、映画産業、醸造業にも向けられた。

[参考文献]
Pierre Asseline, Monsieur Dassault, Balland, 1983.
Jean-Pierre Bechter, Luc Berger, Claude Carlier, L'épopée Dassault, Timée-Editions, 2006.
Lucie Béraud-Sudreau, French Arms Exports, The Business of Sovereignty (Adelphi series), Taylor and Francis(Kindle), 2020.
Claude Calier, Dassualt de Marcel à Serge, Perrin, 2017.
Claude Carlier, Marcel Dassault, La Légende d'un siècle, Perrin, 1992.
Claude Carlier et Luc Berger, Dassault, les programmes l'entreprise, Editions du chêne, 1996.
Marcel Dassault, Le Talisman, Jʼai lu, 1970.


上原良子(Yoshiko Uehara)
1965年生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。パリ第一大学歴史学部にて、DEA取得。一橋大学大学院社会学研究科博士課程満期退学。静岡英和女学院大学短期大学部国際教養学科助教授などを経て、現職。専門はフランス国際関係史・ヨーロッパ統合論。著書に『戦後民主主義の青写真』(共編著、ナカニシヤ出版)、『フランスと世界』(共編著、法律文化社)、『ヨーロッパ統合史』(共著、名古屋大学出版会)などがある。


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