アステイオン

日米関係

アメリカが今でも嫌いですか?

2022年05月30日(月)09時05分
阿川尚之(慶應義塾大学名誉教授、著述家)

確かにここ数年、アメリカ国内では様々な勢力が激しく対立し、国論が分断し、民主主義が機能不全に陥っているように見える。トランプ大統領は、その原因というよりも象徴であった。

2021年1月6日には、バイデン新大統領の就任を実力で阻止しようとする人々が連邦議事堂を襲撃し、国内だけでなく世界中の人々に大きなショックを与えた。国内の融和と結束を公約して登場したバイデン政権も、コロナウイルスの再蔓延、インフレの亢進、政策を実施するための法案が議会を通らないなど苦戦している。社会の分断と対立のとげとげしさが続く。

筆者もこうした現象が、現在のアメリカにとって根の深い深刻な問題であると認識している。しかしそれがこの国のかたちや理念を衰退させ分裂につながるとは、必ずしも考えない。

第一にアメリカの分断、諸派間の激しい対立は、新しい現象ではない。北米英植民地の独立、合衆国憲法制定と合衆国政府樹立、奴隷制度廃止、急速な産業化に伴う格差の拡大、軍隊の海外派遣などを巡って、それぞれ激しい対立があった。

連邦離脱の動きは何度もあったが、実際に国が分裂し内戦になったのは南北戦争のときだけだ。離脱を望む、あるいは選択肢と考える人は今でもいるけれども、アメリカ国民はその後分裂を避け、統一をなんとか保っている。

第二に、アメリカ人は建国以来、諸派間の対立を必ずしも否定的に捉えていない。建国の祖たちは、特定の個人、党派への権力集中や固定化が圧政に繋がると認識し、政治権力を立法、行政、司法の三部門、ならびに連邦と州に分割して、権力の濫用を互いに抑制させた。

憲法起草者の一人ジェームズ・マディソンは、「各部門を運営する者に、他部門よりの侵害に対して抵抗するのに必要な憲法上の手段と、個人的な動機を与え」て、「野望には、野望をもって対抗させ」るのが、圧政を防ぐ最大の保障だと論じている(1)。

第三に、激しい対立を続ける各党派が、実はそれぞれ独立宣言や憲法を引いて自分たちの理解するアメリカ建国の理想実現を目指している。議会襲撃参加者の多くは、イギリス正規軍と戦った植民地の民兵であるミリシアを名乗っていた。

彼らは建国以来の国のかたちそのものには絶望せず、破壊を考えていない。一つには既存の枠組みの中で運動した方が、目標を達成しやすいと計算しているからだろう。どの党派も選挙を通じて、自分たちの立場を代弁する大統領や知事、議員を政治の場に送り出そうとする。彼らは皆アメリカの夢を見ている。ただ夢の内容が異なる。

アメリカ国内の対立と分断は続くだろう。大衆を扇動する政治家が出るだろう。一方的な主張、陰謀論、暴力も繰り返されるだろう。それでもなお、20年、30年、おそらくは100年後も、大騒ぎをしながら4年ないし8年ごとに、憲法のルールに則って新しい大統領が登場し、議員も高級官僚も入れ替わる。

この国の憲法が規定した国のかたちは驚くほど安定している。憲法はすぐれた指導者の出現を保証しなかったが、国民が選挙で選んだ指導者が半永久的にその地位に止まり独裁者にならない仕組みを残した。

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