アステイオン

国際政治

ウクライナ史に登場した「ふたつのウクライナ」とは何か──ウクライナ・アイデンティティ(中)

2022年04月18日(月)15時05分
アンドリー・ポルトノフ(ベルリン・フンボルト大学客員教授)※アステイオン81より転載

大衆による抗議運動は最終的にヤヌコーヴィチと側近をウクライナから追い出すことになったわけだが、そこでは長らく待たれていた生活の全領域での根本的な改革の必要性が訴えられた。

汚職や、政府による独裁的な法の押しつけと自由の制限に対しての抗議がなされた。ウクライナのナショナリズムの要素が、法の支配、社会的正義、移動と表現の自由といったヨーロッパの神話に溶けあわされたのである。

抗議運動はウクライナの統治階級に欧州統合への道を歩むよう求め、ウクライナがヨーロッパになる未来を信じたのである。抗議運動はまたロシア語を親ヨーロッパ、親民主主義的抵抗の言語として正統なものと認め、ウクライナへの新しい忠誠心を生み出し、そのより良い未来のために何千もの人々が進んで命を捧げる結果になった。

ソ連崩壊後に、大衆による暴力を回避しつつ政治紛争を解決してきたウクライナの見事な能力は、2014年の1月22日、フルシェウシキー通りで最初に人々が撃たれた時に終わりを告げた。

ヤヌコーヴィチが逃走する前に、100人ほどの人々がキエフの通りで殺害された。ロシアへ彼が逃走して間もなく、多数派住民が自らをロシア人と名乗るウクライナ唯一の地域である黒海の半島、クリミアの併合が始まった。

クリミアがロシア連邦のものとなり、ウクライナが領土の一体性を喪失した後、ドンバス地方東部へのロシアの介入はキエフの「ファシスト政権」に対する地方の分離運動であると、外の世界に喧伝された。

この時、クリミアの状況とは異なり、キエフ政権は軍事的に対応し、紛争は本当の戦争に発展してしまったのである。

※第3回 : 2014年、プーチンが進めた「ノヴォロシア」計画──ウクライナ・アイデンティティ(下) に続く

翻訳:五十嵐元道(北海道大学大学院法学研究科助教、現・関西大学政策創造学部准教授)

[注]
(2)Andriy Portnov, Istorii dla domashnego upotreblenia [Histories for Home Use, in Russian], Ab Imperio, 2012, No. 3, pp. 309─338.

[訳注]
(*)戦間期、ポーランドの統治下にあった西ウクライナでは、ポーランド政府による弾圧に反発して、ウクライナ民族主義者組織が登場し、ポーランドの要人を暗殺するなどの活動を展開した(そして、その後も反ポーランド主義の姿勢を維持した)。第二次大戦でソ連に占領されるまで、西ウクライナは主に親ソ連だったが、ソ連による占領の後は一転して親ドイツに変わった。41年6月にはウクライナ国家の再興が宣言されたが、そのなかではナチス・ドイツとの協力が謳われた。そして同年、ユダヤ人の大虐殺が行われたのである。しかし、ドイツがウクライナの独立を認めるはずもなく、42年にはドイツ軍に抵抗していたウクライナ人とウクライナ民族主義者組織が合流し、ウクライナ蜂起軍を結成し、ドイツ、その後はソ連との戦闘を展開したのであった。

(**)2004年の選挙は、10月31日に第1回投票が実施され、11月21日に決選投票が行われた。そして、抗議行動の結果、12月26日に再選挙(すなわち3度目の選挙)が実施されたのである。

(***)ウクライナは本来、豊かな穀倉地帯だった。ところが1932-1933年にかけて、ソ連は農民からの穀物の徴発を進め、そのために農業の集団化を強制的に実施した。それに抵抗すべく、多くの農民が農作業を放棄したり、家畜を自らの手で殺したりした結果、凶作をきっかけに大飢饉が発生したのである。この時、とりわけ、深刻な被害を受けたのがウクライナだった。この飢饉がウクライナ民族に対するスターリンの意図的な弾圧だったのではないか、とする解釈がここでは言及されている。

アンドリー・ポルトノフ(Andrii Portnov)
1979年ウクライナ生まれ。ポーランドのワルシャワ大学でカルチュラルスタディーズ、ウクライナのドニプロペトロウシク大学で歴史を学ぶ。現在は、キエフのウェブサイトHistorians.in.uaの編集主幹。キエフとベルリンに在住。専門は中・東欧の歴史、思想史。著書にUkrainian Exercises with History(in Russian, 2010)、Historians and Their Histories(Iin Ukrainian, 2011)など[以上プロフィールは、2014年当時のものである]。2022年4月現在、ドイツ・ヴィアドリナ欧州大学教授。


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